廃神社に響く鈴の音

実話風

今から20年ほど前、島根県の山深い集落に住む高校生のユウトは、夏休みの終わりに奇妙な体験をした。その集落は、古い伝統と信仰が色濃く残る場所だった。山の奥にひっそりと佇む小さな神社は、村人たちが「触れてはいけない」と囁く禁忌の場所だった。ユウトは好奇心旺盛な少年で、友人のタケシとミサキを誘い、夜の神社に忍び込む計画を立てた。「ただの古い建物だろ。怖いものなんてないよ」とタケシが笑い、ミサキも「ちょっとドキドキするね」と乗り気だった。

その夜、月明かりが薄く差し込む中、三人は懐中電灯を手に山道を登った。夏の夜は蒸し暑く、虫の鳴き声が響き合う中、どこか不自然な静けさが漂っていた。神社は集落から離れた山の頂近くにあり、苔むした石段を登ると、朽ちかけた鳥居が現れた。鳥居の向こうには、風化した木造の社が薄暗い影を落としていた。ユウトは胸の高鳴りを抑えきれず、「ここ、ほんとに誰も来ないんだな」と呟いた。タケシは平然としていたが、ミサキは少し緊張した面持ちで「なんか…変な感じしない?」と言った。

社の中に入ると、空気はさらに重く感じられた。埃っぽい匂いと、どこからか漂う湿った土の臭いが鼻をついた。中央には古い祭壇があり、錆びた鈴が一つ、紐に吊るされていた。タケシがふざけて鈴を鳴らそうと手を伸ばした瞬間、ミサキが「やめなよ!なんかヤバい気がする!」と叫んだ。しかし、タケシは笑いながら鈴を軽く振った。チリン…。小さな音が社内に響き、なぜかその音は異様に長く尾を引いた。ユウトは背筋に冷たいものが走るのを感じた。「やめろって、タケシ!」と声を荒げたが、タケシは「なんだよ、ビビってんのか?」と笑い続けた。

その夜、帰宅したユウトは妙な胸騒ぎが収まらなかった。寝ようと布団に入ったが、耳元で微かにチリン…という鈴の音が聞こえた気がした。錯覚だと思い込もうとしたが、音は次第に大きく、はっきりと聞こえるようになった。窓の外を見ても何もない。だが、音は止まらず、まるで部屋の中で誰かが鈴を振っているかのようだった。恐怖に震えながら、ユウトは布団をかぶって朝を待った。

翌日、学校でタケシとミサキにその話をすると、タケシは「気のせいだろ」と笑い飛ばしたが、ミサキの顔は青ざめていた。「私も…昨夜、変な音聞いた。鈴の音みたいな…」と彼女は震える声で言った。その日から、三人には奇妙な出来事が続いた。ユウトは夜な夜な鈴の音に悩まされ、時には暗闇の中で白い影が動くのを見た。タケシは「最近、誰かに見られてる気がする」と言い出し、普段の明るさが消えていた。ミサキに至っては、夜道で「誰かが後ろからついてくる」と怯え、登校中に突然泣き出すようになった。

数日後、ユウトは村の古老に相談することにした。古老は神社の話を聞くと、顔を強張らせた。「あの神社は、昔、村の災いを封じるために建てられたものだ。鈴を鳴らすのは禁忌だよ。あの音は、封じられたものが目覚めた証だ…」と。古老の話では、100年以上前、村で疫病が流行った際、病を鎮めるために一人の娘が生贄として神社に捧げられたという。その娘の魂が鈴に宿り、鳴らすと呪いが解け、災いが蘇るとされていた。ユウトは背筋が凍る思いだった。「どうすればいいんですか?」と尋ねると、古老は「神主に頼んでお祓いしてもらうしかない。だが、もう遅いかもしれん」と意味深に言った。

その夜、ユウトはタケシとミサキを連れて再び神社に向かった。お祓いのために神主を呼ぶ前に、自分たちでなんとかしようと思ったのだ。しかし、神社に着くと、鈴は祭壇から消えていた。代わりに、社の奥から低い唸り声のような音が聞こえてきた。ユウトの懐中電灯が突然消え、暗闇の中でミサキが悲鳴を上げた。「何かいる!後ろにいる!」と彼女は叫び、ユウトとタケシは慌てて彼女を支えた。その瞬間、チリン…チリン…と鈴の音が再び響き、まるで足元から這い上がってくるように聞こえた。三人は恐怖に駆られ、転がるように山を下りた。

翌日、ミサキは学校に来なかった。ユウトが彼女の家に電話をかけると、母親が泣きながら「昨夜、急に倒れて…今、病院で意識がないの」と告げた。タケシもその日から様子がおかしくなり、独り言を呟くようになった。ユウトは自分だけが無事なことに罪悪感を覚え、毎夜、鈴の音に怯えた。ある夜、ついに我慢できなくなり、神社に一人で向かった。懐中電灯も持たず、ただ恐怖と向き合うために。

神社に着くと、鈴は再び祭壇にあった。だが、ユウトが近づくと、鈴が勝手に揺れ、チリン…チリン…と不気味に鳴り始めた。暗闇の中で、白い着物を着た女が浮かぶように立っていた。顔は見えず、長い黒髪が風もないのに揺れていた。「返して…私の声を…」と囁く声が聞こえ、ユウトは気を失った。

目が覚めると、ユウトは自宅の布団の中にいた。夢だったのかと思ったが、掌には小さな錆びた鈴が握られていた。それ以来、ユウトは二度と神社に近づかなかった。ミサキは数ヶ月後に意識を取り戻したが、以前の明るさを失い、タケシは村を離れた。ユウトは今も、時折、夜中に鈴の音を聞くことがあるという。ただの錯覚だと自分に言い聞かせるが、その音はいつも、冷たく、どこか悲しげに響くのだった。

あの神社は今も山奥にひっそりと残っている。村人たちは誰も近づかず、ただ、夜になると鈴の音が山に響くという噂だけが残っている。

タイトルとURLをコピーしました