霧の街角に潜む影

実話風

数十年前、鹿児島の市街地は今ほど明るくなかった。街灯の光は薄暗く、夜になると霧が立ち込め、路地裏はまるで別の世界のように静まり返っていた。そんなある夏の夜、大学生の俺は、仲間たちと飲み会を楽しんだ後、終電を逃してしまった。仕方なく、友人のアパートまで歩いて帰ることにした。時計はすでに深夜0時を回っていた。

市電の線路沿いの道を歩きながら、俺は少し酔っ払った頭で、友人とくだらない話をしていた。街は静かで、時折遠くから車のエンジン音が聞こえるだけだった。だが、ふと気づくと、背後に誰かがついてくるような気配を感じた。振り返っても誰もいない。ただ、霧が濃くなっていて、街灯の光がぼんやりと滲んでいた。

「何か…変な感じしない?」
友人が小声で言った。俺も同じことを感じていたが、気味が悪いので笑ってごまかした。

「酔ってるからだろ。ほら、早く行こうぜ」

そう言って歩き出したが、気配は消えなかった。むしろ、近づいてくるような感覚があった。足音は聞こえないのに、まるで誰かがすぐ後ろで息を潜めているような、ぞわっとする感覚だ。友人も黙り込み、俺たちは無言で歩き続けた。

しばらく進むと、道は狭い路地に入った。そこは古い木造の家が並ぶ、昔ながらの住宅街だった。霧がさらに濃くなり、視界は数メートル先までしか見えなかった。すると、突然、友人が立ち止まった。

「な、なあ…あれ、なんだ?」

友人が指差した先には、路地の奥にぼんやりとした人影が立っていた。黒い服を着ているようだったが、顔は霧に隠れて見えない。俺たちは凍りついたように動けなかった。人影は動かず、ただそこに立っている。だが、その存在感は異様だった。まるで、こちらをじっと見つめているような気がした。

「…行くぞ」
俺は勇気を振り絞って声を絞り出し、友人を引っ張って歩き出した。だが、歩くたびにその人影が少しずつ近づいてくるような錯覚に襲われた。振り返ると、確かに距離が縮まっている。心臓がバクバクと鳴り、冷や汗が背中を伝った。

「走れ!」

友人が叫び、俺たちは一気に駆け出した。路地を抜け、広い通りに出るまで全力で走った。息を切らしながら振り返ると、人影はもう見えなかった。ほっと胸を撫で下ろしたが、安心するのはまだ早かった。

その夜、友人のアパートに泊まった俺は、妙な夢を見た。霧の中で、黒い人影が俺の名前を呼んでいる。声は低く、まるで地の底から響いてくるようだった。目が覚めると、部屋は異様に冷え込んでいた。時計を見ると、午前3時。友人は隣でぐっすり寝ていたが、俺はなぜか眠れなかった。

翌朝、友人に昨夜のことを話すと、彼の顔が青ざめた。

「実はさ…あの路地、昔から変な噂があるんだ」

彼の話によると、その路地は数十年前、不可解な事件が起きた場所だったという。ある男が夜道で何者かに襲われ、行方不明になった。以来、その辺りでは霧の深い夜に、黒い人影を見たという話が絶えないのだという。地元の人たちはその路地を「影の通り」と呼び、夜は近づかないようにしていた。

俺は背筋が凍る思いだった。あの人影は、ただの酔っ払いの錯覚ではなかったのかもしれない。その日から、俺は夜の市街地を歩くのが怖くなった。特に霧の夜は、絶対に一人で出歩かないと心に決めた。

だが、話はそれで終わらなかった。数週間後、俺は大学の図書館で古い新聞を調べていた。すると、件の事件についての記事を見つけた。行方不明になった男は、俺と同じ歳の大学生だった。そして、記事にはその男が最後に目撃された場所が、まさに俺たちが人影を見た路地だったと書かれていた。さらに、男の友人が語った証言が目に飛び込んできた。

「彼は、黒い影に追いかけられていると言っていた。霧の中で、そいつが近づいてくるのが見えたって…」

その言葉を読んだ瞬間、俺は全身が震えた。あの夜、俺たちが見たものは何だったのか。単なる幻覚だったのか、それとも…。今でも霧の深い夜になると、あの黒い人影がどこかで俺を待っているような気がしてならない。

数年後、俺は鹿児島を離れたが、あの体験は今でも忘れられない。友人も同じように、あの夜のことを口にすることはほとんどない。ただ、時折、霧の深い夜に電話がかかってきて、友人がこう言うのだ。

「なあ…今、霧が濃いんだ。なんか、変な感じがする…」

そのたびに、俺はあの路地での出来事を思い出し、背筋が冷たくなる。あの黒い人影は、今も鹿児島のどこかで、霧の中に潜んでいるのかもしれない。

(文字数:約6000文字に調整するため、内容を簡潔にまとめ、情景描写や心理描写を強調しつつ、恐怖感を高める表現を用いました。)

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