朽ちた社の囁き

オカルトホラー

愛媛県の山深い村に、今から30年ほど前、過疎化が進む小さな集落があった。そこに住む少年は、夏休みの昼下がり、祖母から「山の奥にある古い社は絶対に行ってはいけない」と何度も念を押されていた。だが、好奇心旺盛な少年は、友達二人を誘い、禁止された山の奥へと足を踏み入れた。

集落の外れから山道を登ること数十分、鬱蒼とした杉林の奥に、苔むした石段が続いていた。石段の先には、朽ちかけた小さな社が佇んでいた。屋根は半分崩れ、鳥居は傾き、まるで時間がその場だけ止まっているかのようだった。少年たちは怖気づきながらも、互いに気勢を上げて社に近づいた。社の戸は半開きで、中は薄暗く、湿った土の匂いが漂っていた。少年の一人が冗談半分で「何か出てこいよ!」と叫ぶと、どこからか低い唸り声のような音が響いた。最初は風の音だと思ったが、音は次第に言葉のように聞こえてきた。「…帰れ…ここは…お前たちの…場所ではない…」

少年たちは凍りついた。声は社の中からではなく、まるで周囲の木々や地面そのものから響いているようだった。慌てて逃げようとした瞬間、一人の少年の足が根に絡まり、転倒した。彼が叫び声を上げると、地面から黒い影のようなものが這い出し、彼の足首を掴んだ。影はまるで煙のように揺らめきながら、少年の体を這うように動いた。他の二人は恐怖で動けず、ただ叫ぶことしかできなかった。影は少年の体を這い回り、やがて彼の口元で消えた。少年は気を失い、友達に担がれてなんとか集落に戻った。

その夜、気を失った少年は高熱を出し、うわ言で「見ないで…見ないで…」と繰り返した。祖母は顔を青ざめさせ、村の古老を呼んだ。古老は少年の状態を見て、「あの社の神は、人が踏み込むことを許さない。あの子は『見ずの呪い』を受けた」と告げた。古老の説明によると、その社はかつて村の罪人を封じるための場所で、触れる者を狂わせる力があるという。少年を救うには、社に謝罪し、供物を捧げるしかないと言われた。

翌日、村人たちは少年の家族と共に社へ向かった。だが、到着したそこには、昨日の社とはまるで異なる光景が広がっていた。石段は崩れ、鳥居は完全に倒れ、社はまるで一夜にして百年分朽ちたようにボロボロだった。供物を置く場所すら見つけられないほど荒れ果てていた。家族は必死に祈りを捧げたが、その夜、少年のうわ言はさらに激しくなり、「目が…目が…無数にある…」と叫び続けた。村の医者も手の施しようがなく、少年は数日後に息を引き取った。

少年の死後、集落では異変が続いた。夜な夜な家の周りで足音が聞こえ、窓の外に無数の目のような光が揺らめくようになった。村人たちは恐怖に怯え、次々と集落を離れた。やがて集落は無人となり、今では地図にも載らない廃村となった。あの社は今も山の奥にひっそりと佇み、訪れる者を待ち続けているという。

それから数年後、廃村を訪れた山師が不思議な話を残した。彼が山で道に迷った夜、遠くで微かな囁きを聞いた。声はこう言っていた。「…見ず…見ず…お前も…見ず…」。山師は慌てて山を下り、二度とその場所には近づかなかった。今も愛媛の山奥には、近づく者を呪う朽ちた社があるという。あなたが山で道に迷ったとき、ふと耳にする囁きに気をつけてほしい。それは、決して聞いてはいけない声なのかもしれない。

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