旧校舎の閉ざされた教室

学校怪談

それは、愛媛県の山間部にひっそりと佇む小さな町の、中学校での出来事だった。

今から10年ほど前、私が中学2年生の夏、蒸し暑い7月のことだ。私の通う学校は、町で唯一の中学校で、歴史ある古い校舎と、20年ほど前に建てられた新校舎が並んでいた。旧校舎は普段使われておらず、物置代わりになっていたが、夏休みの補習授業のために、一部の教室が開放されることになった。その日は、補習の最終日だった。夕暮れ時、薄暗い廊下を歩きながら、私は何とも言えない違和感を感じていた。

私のクラスメイトには、霊感が強いと自称する友人がいた。仮に彼をKと呼ぼう。Kはいつも「この学校、何か変な気配がある」と冗談半分に話していたが、その日は特に落ち着かない様子だった。「なんかさ、旧校舎の3階、絶対ヤバいよ。誰も使ってないはずなのに、夜になると物音がするって噂あるじゃん」と、彼は私の耳元で囁いた。私は半信半疑だったが、確かに旧校舎の3階は、教師たちもあまり近づかない場所として知られていた。そこには、かつて事故か何かで使われなくなった教室があるという噂があった。

補習が終わり、帰る準備をしていると、Kが突然提案してきた。「なあ、ちょっと3階行ってみねえ? ほら、肝試し的なやつ!」 私は気乗りしなかったが、クラスの他の友達、活発な性格のSと、おとなしいけど好奇心旺盛なMも乗り気になり、結局4人で旧校舎の3階へ向かうことになった。夕陽が校舎の窓を赤く染め、廊下には長い影が伸びていた。

旧校舎の階段は、埃っぽくてギシギシと音を立てた。3階に続く階段を上るたびに、空気が重くなるような感覚があった。Kは先頭を歩きながら、わざとらしく「何かいるぞ~」と笑いものにしていたが、その声もどこか震えているように聞こえた。3階に着くと、廊下は静まり返り、窓から差し込む夕陽の光だけが、埃の舞う空間を照らしていた。突き当たりの教室、噂の「閉ざされた教室」がそこにあった。扉には錆びた南京錠がかかり、ガラス窓は曇って中が見えない。

「ここだよ。昔、なんかヤバいことがあったって教室」とKが囁いた。私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。Sが「開けてみようぜ!」と勢いよく言ったが、Mは「やめようよ…なんか嫌な感じする」と小声で反対した。しかし、Sはすでに南京錠に手をかけ、力任せに引っ張った。驚くことに、錆びついたはずの錠が、ガチャリと音を立てて外れた。Sは得意げに笑い、扉をゆっくり開けた。

中は、時間が止まったような空間だった。古い木製の机と椅子が乱雑に並び、黒板にはチョークの跡がうっすら残っている。空気はひんやりと冷たく、カビ臭い匂いが鼻をついた。「何もねえじゃん」とSが笑いながら教室に入ったが、私はどうしても足を踏み入れる気になれなかった。KもMも、扉の外で立ち尽くしていた。すると、突然、教室の奥からカタン、という小さな音が聞こえた。Sが振り返り、「何だよ、今の」と呟いた瞬間、黒板のチョークの跡が、まるで誰かが書いているかのように、ゆっくりと動いた。

「…出て行け…」

黒板に浮かんだその文字に、私たちは凍りついた。Sが「ふざけんなよ!」と叫んだが、声は震えていた。次の瞬間、教室の窓がバン!と大きな音を立てて閉まり、室内が一気に暗くなった。私は悲鳴を上げ、Mは泣き出し、Kは「やばい、やばい!」と繰り返しながら扉の方へ走った。だが、開けたはずの扴が、なぜか閉まっていて、どんなに押しても引いても動かない。パニックになりながら、私たちは必死に扉を叩いた。

その時、教室の奥から、ゆっくりとした足音が近づいてきた。トン…トン…と、まるで誰かが歩いているような、規則正しい音。振り返る勇気はなかったが、背後から感じる視線は、まるで私の心臓を握りつぶすようだった。Mが「ごめんなさい、ごめんなさい!」と泣き叫び、Kは扉を蹴り続けていた。どれくらい時間が経ったのかわからないが、突然、扉がガチャリと開き、私たちは転がるように廊下へ飛び出した。

息を切らしながら階段を駆け下り、新校舎に戻った時、ようやく冷静さを取り戻した。振り返ると、旧校舎の3階の窓から、誰かがこちらを見ているような気がした。だが、すぐにその影は消え、ただの錯覚だったのかもしれないと思った。次の日、教師にこのことを話したが、「そんなバカな」と笑いものにされ、結局真相はわからないままだった。

それから数週間後、旧校舎の3階は完全に立ち入り禁止になり、噂では、夜な夜な教室から物音が聞こえるという話が広がった。Kは「二度とあんなとこ行かねえ」と言い、Sはあの日のことを冗談にし、Mは学校に来るのが怖くなったと言って、しばらく登校しなかった。私は、今でもあの教室で感じた冷たい視線を忘れられない。時折、夢の中であの足音を聞き、目が覚めるたびに、背筋が凍るような恐怖に襲われる。

今、こうして思い返すと、あの教室には何かがあったとしか思えない。愛媛の山間部、あの静かな町の旧校舎には、今もなお、誰かがいるのかもしれない。そして、もしあなたがその町を訪れ、ふとしたきっかけで旧校舎の3階に足を踏み入れることがあれば、くれぐれも、閉ざされた教室の扉を開けないでほしい。

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