深夜の団地に響く足音

実話風

今から10年ほど前、千葉県のとある市街地に住む私の身に起きた、忘れられない恐怖体験をお話しします。

その頃、私は大学を卒業したばかりで、就職活動の合間にアルバイトをしながら、千葉県郊外の古い団地に一人暮らしをしていました。団地は築30年以上経つ、コンクリートむき出しの無骨な建物で、エレベーターはなく、階段を上り下りするしかありませんでした。私の部屋は5階の角部屋。隣には老夫婦が住んでいましたが、昼間はほとんど外出しているようで、夜になると静寂が団地全体を包み込みました。

その日、2015年の夏の終わり、8月下旬だったと思います。私は夜遅くまでアルバイト先のコンビニで働き、終電を逃してタクシーで帰宅しました。時計はすでに深夜2時を回っていました。団地の駐車場に降り立つと、街灯の薄暗い光がアスファルトにぼんやりと影を落とし、遠くで犬の遠吠えが聞こえるだけ。いつもなら気にも留めない風景でしたが、その夜はなぜか妙に空気が重く感じました。

階段を上り始めると、コンクリートの壁に私の足音が反響しました。トン、トン、トン。規則正しいリズムが、静寂の中でやけに大きく響きます。3階に差し掛かった時、ふと違和感を覚えました。私の足音に、ほんのわずかに遅れて、もう一つの足音が重なっているような気がしたのです。トン、トン……タン。私の足音が止まると、その音も止まる。最初は気のせいだと思いました。古い団地ですから、音が反響してそう聞こえるだけかもしれない。

私は少しペースを上げて階段を上り続けました。4階に着く頃には、心臓がドキドキと高鳴っていました。すると、背後からハッキリと「タン、タン」という音が聞こえたのです。私の足音とは明らかに異なる、軽い靴の音。振り返りましたが、階段の下は暗闇に飲み込まれ、誰もいない。ただ、街灯の光が揺れているように見えたのは、目の錯覚だったのでしょうか。

急いで5階にたどり着き、部屋の鍵を開けようとカバンの中を探っていると、またあの音が聞こえてきました。タン、タン、タン。今度ははっきりと、階段を上ってくる音です。誰かがいる。隣の老夫婦はこんな時間に外出するはずがない。宅配便や訪問者ならインターホンを鳴らすはず。なのに、足音だけが近づいてくる。私は震える手で鍵を差し込み、ドアを開けて部屋に飛び込みました。ドアを閉め、すぐに施錠。心臓が喉から飛び出しそうでした。

部屋の中は静かでしたが、耳を澄ますと、廊下から微かに音が聞こえます。タン……タン……。足音は私の部屋の前で止まりました。ドアの向こうに、誰かが立っている。私は息を殺し、じっと動かずにいました。インターホンが鳴るかもしれない、ノックされるかもしれない。でも、何も起こらない。ただ、ドアの向こうに「何か」がいるという確信だけが、私の全身を凍りつかせました。

どれくらい時間が経ったのか。5分か、10分か。足音は聞こえなくなり、廊下は再び静寂に包まれました。私は恐る恐るドアスコープを覗きましたが、廊下は真っ暗で何も見えません。電気をつけ、チェーンをかけたままドアを少し開けてみたけれど、誰もいない。ホッとしたのも束の間、ドアを閉めようとした瞬間、階段の方からまたあの足音が聞こえてきたのです。タン、タン、タン。今度は下っていく音でした。まるで、私がドアを開けるのを待っていたかのように。

その夜は一睡もできませんでした。朝になり、隣の老夫婦にそれとなく聞いてみたところ、「そんな時間に誰かが歩き回るなんてありえないよ」と言われました。団地の住人は高齢者が多く、夜は皆早く寝るそうです。管理人に防犯カメラの映像を確認してもらおうと思いましたが、団地のカメラは駐車場にしかなく、階段や廊下の映像はありませんでした。

それから数日間は、夜遅くに帰るのが怖くて、アルバイトのシフトを早番に変えてもらいました。でも、完全に安心することはできませんでした。なぜなら、夜中に部屋で本を読んだり、テレビを見ていると、時折、廊下から微かな足音が聞こえることがあったからです。タン、タン、タン。まるで誰かが私の部屋の前を往復しているようなリズムで。

ある夜、とうとう我慢できなくなり、友人を家に呼んで一緒に夜を過ごすことにしました。友人は半信半疑でしたが、私の怯えた様子を見て、泊まってくれることになりました。その夜、2人で雑談しながら深夜を過ごしていると、案の定、足音が聞こえてきました。タン、タン、タン。友人も顔を強張らせ、「これ、お前の話、本当だったんだな……」と呟きました。私たちは勇気を振り絞り、ドアスコープを覗きましたが、廊下には誰もいない。友人が「開けてみるか?」と言った瞬間、ドアの向こうからドン!と大きな音がしました。まるで誰かがドアを叩いたような、鈍い衝撃音。私たちは悲鳴を上げ、部屋の奥に逃げ込みました。

翌朝、ドアを調べましたが、叩かれた痕跡もなければ、傷一つありませんでした。友人は「もう二度とここには泊まらない」と言い、それ以来、私の話を信じてくれるようになりましたが、解決には至りませんでした。私は結局、その団地に住み続けるのが怖くなり、2ヶ月後に引っ越しました。引っ越しの日、管理人に「この団地で何か変なこと、ありませんでしたか?」と聞いてみたところ、彼は少し顔を曇らせ、「昔、5階で若い男が亡くなったって話は聞いたことあるけど、噂だよ」とだけ言いました。

新しい家に移ってからも、夜中にふとあの足音を思い出すことがあります。タン、タン、タン。まるで私の後をついてくるかのように。あの団地にいた「何か」は、今も5階の廊下を彷徨っているのかもしれません。そして、誰かが深夜に階段を上ってくるのを、じっと待っているのかもしれません。

今、こうして話している間も、背後で微かな音が聞こえたような気がして、思わず振り返ってしまいました。あなたは、夜中に一人で階段を上る時、背後に足音を感じたことはありませんか?

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