廃村の赤い目の怪

妖怪

福島県の山奥、人の気配が途絶えた集落がある。そこは今から10年ほど前、2015年の夏、私がまだ大学生だった頃に足を踏み入れた場所だ。友人の一人が「廃村探検に行こう」と言い出したのがきっかけだった。地図にも載っていないような山間の集落で、数十年前に住民が全員いなくなったという噂が流れていた。ネットの掲示板では「何かヤバいものが出る」と囁かれていたが、若さゆえの好奇心が恐怖を上回っていた。

私たちは4人。友人二人とその彼女、そして私だ。車で山道を登り、舗装も途切れた細い道を進む。陽が傾き始めた頃、朽ちかけた鳥居が見えた。鳥居の先には苔むした石段が続き、その上に廃村が広がっていた。家屋はどれも屋根が崩れ、壁は風雨に削られていたが、不思議と倒壊はしていなかった。まるで時間が止まったかのように、静寂が支配していた。

「ここ、めっちゃ雰囲気あるな!」と友人が興奮気味に言うが、私はどこか胸騒ぎがしていた。空気が重い。まるで誰かに見られているような感覚だ。彼女の一人が「何か変な匂いしない?」と呟いた。確かに、湿った土の匂いに混じって、鉄のような、鼻をつく臭いが漂っていた。

私たちは村の中心にある小さな神社に向かった。神社は他の建物より状態が良く、赤い屋根が薄暗い中で異様に鮮やかだった。友人が「中、入ってみようぜ」と提案したが、彼女が「やめなよ、なんか嫌な感じする」と止めた。それでも好奇心に負けた友人は、扉をガタガタと揺らした。すると、中から低いうめき声のような音が聞こえた。

「何!?」全員が凍りついた。音は一瞬で止んだが、誰も動けなかった。私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。「…帰ろう」と彼女が震える声で言ったが、友人は「いや、気のせいだろ」と強がった。その時、神社の裏の茂みからガサッと音がした。何かが動いている。懐中電灯を向けると、赤い光が二つ、こちらをじっと見ていた。

「目だ…!」私が呟くと、友人が叫んだ。「何!?何!?」光は一瞬で消え、茂みが揺れた。私は咄嗟に「走れ!」と叫び、全員が一斉に車に向かって駆け出した。背後でガサガサと何かが追いかけてくる音がする。振り返る余裕もなく、ただ必死に走った。車に飛び乗り、エンジンをかけると同時に、窓の外に赤い目が一瞬浮かんだ。彼女が悲鳴を上げ、車は急発進した。

山道を下りながら、誰も口をきかなかった。車内の空気は恐怖で張り詰めていた。ようやく街の明かりが見えた時、彼女がポツリと言った。「あれ…人じゃなかったよね?」誰も答えられなかった。私はバックミラーを見たが、そこにはただ暗い山道が映るだけだった。

それから数日後、友人の一人が「あの村、調べたんだけど…」と切り出した。なんでも、数十年前、その集落で奇妙な事件があったらしい。村人たちが一夜にして姿を消し、ただ一人の老人が残されていた。老人が言うには、「赤い目の化け物」が村を呪ったのだと。それ以来、村には誰も近づかなくなったという。友人は「まさかな」と笑ったが、その笑顔は引きつっていた。

私はあの夜のことを今でも夢に見る。赤い目が暗闇で私を見つめる夢だ。廃村のことは誰にも話していない。話せば、あの目がまた私を見つける気がするからだ。あの村は今も山奥で静かに佇んでいるのだろう。だが、もし誰かがそこへ行くと言うなら、私は全力で止めるだろう。あの赤い目は、きっとまだそこにいる。

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