青森の冬は厳しい。雪が降り積もり、夜になると街灯の光すらぼんやりと滲む。あの夜もそんな夜だった。今から10年ほど前、私がまだ高校生だった頃の話だ。
私は青森県の小さな町に住んでいた。家は町外れの古い一軒家で、裏には雪に埋もれた田んぼが広がっている。学校から帰る道は、冬になると雪で覆われ、足跡一つない白い世界になる。普段は友だちと一緒に帰るのだが、その日は部活の練習が長引き、一人で帰ることになった。
夕方6時を過ぎ、辺りはもう真っ暗だった。雪がしんしんと降り、風が頬を刺す。私はコートの襟を立て、ヘッドホンで音楽を聴きながら歩いていた。家までは歩いて20分ほど。いつもなら気にならない道だが、雪のせいで足元が重く、なんだか心細かった。
しばらく歩くと、背後でカサッという音がした。雪を踏む音だ。振り返ったが、誰もいない。街灯の光が雪に反射し、道をぼんやり照らしているだけだ。「風かな」と自分に言い聞かせ、歩き続けた。でも、またカサッ、カサッ。明らかに足音だ。今度は少し早めに振り返ったが、やっぱり誰もいない。ヘッドホンを外してみると、静寂が耳を圧迫する。雪の降る音と、自分の荒い息遣いだけが聞こえる。
少し怖くなり、足を速めた。家まであと10分。早く暖かい家に帰りたかった。なのに、足音は止まない。カサッ、カサッ。私が歩くたびに、まるで誰かが私のリズムに合わせて歩いているようだった。怖くて振り返れなくなった。首筋に冷たい汗が流れ、雪の冷たさとは違う寒気が背中を這う。
やっと家の近くまで来たとき、足音がピタリと止んだ。ホッとして振り返ると、そこには誰もいない。ただ、雪の上に私の足跡だけが続いている。…いや、違う。私の足跡の横に、もう一組の足跡があった。小さくて、まるで子どものような足跡。私の足跡と並んで、ずっとついてきていたのだ。
心臓がドクンと跳ねた。私は走って家に飛び込み、鍵をかけた。母が台所で夕飯の支度をしていて、「遅かったね」と笑顔で迎えてくれたが、私は言葉が出なかった。自分の部屋に駆け込み、カーテンを閉め、電気を全部つけた。それでも、窓の外から誰かに見られている気がして、布団をかぶって震えた。
翌朝、勇気を出して外を見た。雪はまだ降り続いていて、昨夜の足跡はすっかり消えていた。でも、なぜか家の裏の田んぼに、ポツンと小さな足跡が一つだけ残っていた。まるで誰かがそこに立っていたかのように。
その後、町の古老にこの話をすると、顔を曇らせてこう言った。「あの辺りは昔、子どもが雪に埋もれて亡くなった場所だ。冬の夜は気をつけなさい。雪は足跡を残すから、ついてくるものが見えるんだよ」。
それ以来、私は冬の夜に一人で歩くのをやめた。でも、今でも雪が降る夜には、あの小さな足跡と、背後で響くカサッという音を思い出す。そして、ふと思うのだ。あの足跡は、どこまで私を追ってきたのだろうかと。
(この物語は、日常に潜む恐怖を呼び起こすために創作されたものです。青森の雪深い夜を舞台に、読み手の心に静かな不安を植えつけることを目指しました。)