凍てつく呪いの囁き

ホラー

青森の冬は厳しい。雪が降り積もり、夜になると街灯の光すら届かない闇が広がる。私は大学を卒業後、地元であるこの県の小さな町に帰ってきた。実家から車で30分ほどの場所にアパートを借り、役場で働き始めた。新しい生活に胸を躍らせていたが、その期待はすぐに不気味な出来事に飲み込まれることになった。

私が住むアパートは、築30年ほどの古い建物だった。家賃が安く、職場にも近かったので即決した。だが、引っ越して数日後、隣の部屋に住む老女から奇妙な話を聞かされた。彼女は私の顔を見るなり、眉をひそめ、「この部屋、気をつけたほうがいいよ」と囁いた。理由を尋ねると、彼女は目を伏せ、「前の住人がね…妙なことを言って出て行ったの」とだけ答えた。詳しく聞こうとしたが、彼女はそれ以上話さず、ドアを閉めてしまった。

その夜、初めて異変を感じた。深夜、寝ようと布団に入ったとき、部屋の隅からかすかな音が聞こえた。カサ…カサ…。まるで誰かが紙を擦るような音だ。最初は風のせいかと思ったが、窓は閉まっている。音は次第に大きくなり、まるで誰かが部屋の中を這うような気配に変わった。私は布団をかぶり、音が止むのを待った。やがて音は消えたが、その夜は一睡もできなかった。

翌日、役場の同僚にその話をすると、彼は笑いながら「青森の古い建物にはよくある話だよ」と言った。だが、彼の目には一瞬、怯えたような光が宿った気がした。彼は「ただ、変なことに深入りしないほうがいい」と付け加え、話題を変えた。私は気になりながらも、仕事に追われてそのことを忘れかけていた。

数日後の週末、私は町の図書館でこの地域の歴史を調べていた。何かヒントになるものはないかと、郷土資料を漁っていると、古い新聞の全世界の記事を見つけた。そこには、数十年前、この町で起きた不可解な事件が記されていた。ある一家が突然姿を消し、彼らの家では毎夜、奇妙な音や影が目撃されたという。その家は、私のアパートのすぐ近くにあった。記事には「呪われた土地」と書かれ、以来、その周辺では不気味な噂が絶えないとされていた。

その夜、帰宅した私は、記事のことが頭から離れなかった。部屋に入ると、なぜか空気が重く感じられた。電気をつけても、部屋の隅に影が濃く残っているような錯覚に襲われた。そして、またあの音が聞こえた。カサ…カサ…。今度ははっきりと、床を這うような音だった。私は恐怖に震えながら、音のする方へ目をやった。そこには何もなかった。だが、壁に奇妙な模様が浮かんでいるのに気づいた。まるで人の顔のような、歪んだ模様。目を凝らすと、それはゆっくりと動いているように見えた。

翌朝、隣の老女にそのことを話すと、彼女は顔を青ざめ、「あんた、見ちゃったのね…」と呟いた。彼女の話によると、このアパートが建つ前、そこには古い神社があったという。だが、ある事件をきっかけに神社は取り壊され、その土地に呪いが残ったのだと。彼女は「その呪いは、住む者を少しずつ狂わせる」と言い、私に「早く出て行きなさい」と警告した。

私は半信半疑だったが、夜ごとの異変はエスカレートしていった。音だけでなく、鏡に映る自分の顔が一瞬、知らない誰かの顔に変わったり、夢の中で凍てつく森を彷徨い、遠くから私の名前を呼ぶ声が聞こえたりした。ある夜、ついに耐えきれなくなり、荷物をまとめて実家に逃げ帰った。だが、そこで待っていたのは、さらに恐ろしい現実だった。実家の私の部屋で、かつてアパートで見たのと同じ顔の模様が、壁に浮かんでいたのだ。

私は今、別の町に引っ越し、なんとか平静を取り戻そうとしている。だが、静かな夜になると、遠くからあの音が聞こえてくる気がする。カサ…カサ…。そして、時折、鏡に映る自分の顔が、ほんの一瞬、知らない誰かの顔に変わる。私は、この呪いから逃れられないのかもしれない。

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