夜の古道に響く足音

実話風

沖縄の夏は、昼間の灼熱とは裏腹に、夜になるとどこか不気味な静けさに包まれる。特に、島の古い集落を繋ぐ細い道は、月明かりすら届かぬ闇に沈む。今から30年ほど前、私がまだ高校生だった頃、友人たちと肝試しに繰り出したあの夜の出来事は、今でも私の心に冷たい爪痕を残している。

その日、夏休み真っ只中の夜、私を含めた4人の仲間たちは、集落の外れにある古い道で肝試しをしようと計画した。そこは、かつて村人たちが夜な夜な通ったという石畳の道で、戦前には多くの人が行き交ったが、今では廃道同然。地元では「通る者を惑わす道」として、夜には近づかないよう親からきつく言い聞かされていた。それでも、若さゆえの好奇心と、仲間との高揚感が恐怖心を上回り、私たちは懐中電灯を手に、その道へと足を踏み入れた。

道は予想以上に荒れていた。石畳は苔に覆われ、足元は滑りやすく、両脇には鬱蒼としたガジュマルの木々が不気味な影を落としていた。風がないのに、時折、葉擦れの音がどこからともなく聞こえてくる。リーダー格の友人が「怖い話でもして盛り上げようぜ」と言い出し、誰かが戦時中の幽霊譚を語り始めた。笑い声で恐怖を誤魔化しながら進むうち、道は次第に細くなり、懐中電灯の光が届かぬ闇が濃さを増していった。

しばらく歩いた頃、ふと異変に気づいた。私の後ろを歩いていた友人の足音が、急に途絶えたのだ。「おい、どうした?」と振り返ると、彼は立ち止まり、じっと地面を見つめていた。「なんか…変な音、聞こえなかった?」彼の声は震えていた。耳を澄ますと、確かに、遠くからかすかな音が聞こえてくる。トン、トン、トン…。まるで、誰かがゆっくりと石畳を踏みしめるような、規則正しい足音だった。

「誰かいるのか?」リーダー格の友人が声を張り上げたが、返事はない。足音は徐々に近づいてくる。トン、トン、トン…。私たちの懐中電灯を向けても、道の先には何も見えない。ただ、闇が蠢いているように感じられた。「ふざけてる奴がいるんだろ!」と強がる友人もいたが、誰もが顔を強張らせていた。足音はさらに近くなり、今度ははっきりと、私たちのすぐ背後で響き始めた。トン、トン、トン…。

慌てて振り返ったが、そこには誰もいない。なのに、足音は止まらない。いや、むしろ、複数の足音が重なり合っているように聞こえてきた。トントントン、トントントン…。まるで、何人もの者が一斉に歩き出したかのように。「走れ!」誰かが叫び、私たちは一目散に駆け出した。懐中電灯の光が揺れ、木々の影が狂ったように踊る。背後では、足音が追いかけてくる。いや、追い越してくるような錯覚すらあった。

どれだけ走っただろう。息が上がり、足がもつれそうになった頃、ようやく道が開け、集落の明かりが見えてきた。足音はそこでぴたりと止んだ。私たちは地面にへたり込み、互いの顔を見合わせた。誰もが青ざめ、言葉を発する余裕すらなかった。やがて、震える声で友人の一人が言った。「あの道…何かいるよ。絶対、普通じゃない」。

家に帰り着いた後も、あの足音が耳から離れなかった。翌日、祖母にその話をすると、彼女の顔が一瞬で曇った。「あの道はな、昔、戦で死んだ人たちが通った道だよ。夜に行っちゃいけないって、いつも言ってたろ」。祖母の話では、戦時中、多くの島民がその道を通って避難したが、敵の攻撃で命を落とした者も少なくなかった。彼らの霊が、未だに道を彷徨っているのだという。「お前たちが騒がしくしたから、目を付けられたのかもしれん。もう二度と近づくなよ」。祖母の言葉に、私はただ頷くしかなかった。

それから数日後、肝試しに参加した友人の一人が、奇妙なことを言い出した。「あの夜から、夜中に誰かが家の周りを歩く音がするんだ…」。別の友人も、寝ている間に誰かに見られている気がすると漏らした。私自身も、夜になると、どこからともなくトン、トン、トン…という足音が聞こえてくる気がして、眠れぬ夜を過ごした。次第に、仲間たちは口を揃えて「あの道には何かいる」と語り、互いに顔を合わせるのも気まずくなった。

あれから30年近くが経ち、私はもうあの集落には住んでいない。だが、今でも、静かな夜にふと耳を澄ますと、遠くからあの足音が聞こえてくる気がする。トン、トン、トン…。それは、決して忘れられぬ恐怖の記憶とともに、私の心に刻み込まれた音だ。あの古道は、今もなお、夜の闇に沈み、通りかかる者を惑わし続けているのかもしれない。

あの夜、私たちが踏み入れたのは、ただの廃道ではなかった。そこは、過去と現在が交錯する、決して侵してはならぬ領域だったのだ。

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