それは、私が高校生だった頃の話だ。
当時、私は千葉県の郊外にある小さな町に住んでいた。学校が終わると、友達と駄弁ったり、近くのゲームセンターで時間を潰したりするのが日課だった。ある晩、部活が遅くまでかかってしまい、家に帰るのが夜10時を過ぎてしまった。腹が減っていた私は、帰り道にある24時間営業のコンビニに立ち寄ることにした。
そのコンビニは、町外れの田んぼに囲まれた場所にぽつんと建っていて、昼間でもどこか寂しげな雰囲気だった。夜になると、蛍光灯の白い光が駐車場を照らし、虫の鳴き声だけが響くような静けさに包まれる。普段なら友達と一緒に行くことが多い場所だったが、その日は一人だった。
店に入ると、眠そうな店員がカウンターに立っていた。挨拶もそこそこに、私は弁当コーナーへ向かい、適当なものを手に取った。店内には私以外に客はいなかった。BGMすら流れていない静寂の中、レジ袋に商品を詰める店員の手音だけが響く。妙に落ち着かない気分だったが、特に気にせず店を出た。
外に出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。駐車場には私の自転車が一台だけ寂しそうに停まっている。弁当をカゴに入れ、自転車にまたがろうとしたその時だった。
――タッ、タッ、タッ。
背後から、誰かが歩くような音が聞こえた。
振り返ると、そこには誰もいない。駐車場の端まで見渡したが、街灯の光に照らされたアスファルト以外何もなかった。虫の声と風の音だけが辺りを支配している。「気のせいか」と呟きながら、再び自転車に手をかけようとした瞬間――。
――タッ、タッ、タッ、タッ。
今度はさっきより近く、はっきりと聞こえた。足音だ。間違いなく誰かが歩いている音。でも、どこを見ても人影はない。背筋に冷たいものが走った。慌てて周囲を見回したが、田んぼの暗闇とコンビニの明かりが交錯するだけで、何も見えない。
「誰かいるの?」と声を上げてみたが、返事はない。代わりに、足音がまた聞こえた。今度はもっと速く、リズミカルに。タッタッタッタッ――と、まるでこちらに近づいてくるかのように。私はたまらず自転車に飛び乗り、ペダルを漕ぎ出した。
家までの道のりは約15分。田んぼの脇を走る細い道を、息を切らしながら必死に進んだ。背後で足音が追いかけてくるような気がして、何度も振り返ったが、暗闇に沈む道には何も見えない。それでも、耳元で聞こえるような錯覚に襲われ、心臓がバクバクと鳴り止まなかった。
ようやく家の近くまで来た時、ふと気づいた。足音が聞こえなくなっている。安堵と同時に、疲れがどっと押し寄せた。自転車を停め、肩で息をしながら家の玄関にたどり着いた。鍵を開けようと手を伸ばしたその瞬間――。
――タッ。
背後で、はっきりと一歩分の足音が響いた。
凍りついたように振り返ると、そこには誰もいない。ただ、暗い路地の先に、街灯に照らされた影が一瞬だけ揺れた気がした。慌てて家に飛び込み、鍵をかけた私は、その夜は眠れなかった。
翌日、学校でその話を友達にした。すると、一人がこんなことを言い出した。「あそこのコンビニ、昔何かあったらしいよ。夜になると変な音がするって噂、前からあったじゃん」。冗談っぽく笑いものにされたが、私には笑えなかった。あの足音が頭から離れない。
それからしばらく、私は夜にそのコンビニへ行くのを避けた。でも、ある時、どうしても必要なものがあり、仕方なく立ち寄ったことがあった。昼間だったから大丈夫だろうと思ったのだ。店内はいつも通りで、特に変なことはなかった。安心して買い物を終え、外に出た瞬間――。
――タッ、タッ。
足音が聞こえた。昼間なのに。しかも、すぐ近くから。私は立ちすくみ、恐る恐る周りを見回した。すると、駐車場の隅に、小さな女の子が立っているのが見えた。白いワンピースを着た、5歳くらいの子だった。彼女は私をじっと見つめていたが、次の瞬間、目を疑うようなことが起きた。女の子が一歩踏み出した瞬間、その姿がふっと消えたのだ。
足音だけが残り、タッ、タッ、と遠ざかっていく。私は息を呑み、逃げるようにその場を離れた。それ以来、二度とそのコンビニには近づいていない。
あれから何年も経つが、今でもあの足音を思い出すと全身が震える。あのコンビニには何かいる。確信なんてないけれど、そうとしか思えないのだ。もし、あの時、足音の主が私に追いついていたらどうなっていたのか。そんなことを考えると、今でも眠れない夜がある。