湖畔に響く亡魂の叫び

実話風

数年前、私は友人と共に滋賀県の湖畔にある古びたキャンプ場を訪れた。夏の終わり、風が少し肌寒く感じる季節だった。湖の水面は静かで、鏡のように空を映し出していたが、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。キャンプ場は管理人がおらず、訪れる人も少ない場所として知られていた。私たちはその静けさを求めてやって来たのだが、それが後に恐ろしい体験の幕開けになるとは思いもしなかった。

その夜、テントを張り終え、たき火を囲んで話をしていると、遠くから奇妙な音が聞こえてきた。最初は風が木々を揺らす音かと思ったが、次第にそれは人の声のようだと気づいた。低く、うめくような声が湖の方から響いてくる。友人の一人が冗談めかして「あれは幽霊の声だよ」と言ったが、その言葉が妙に心に引っかかった。私たちは笑いものにしようと声を張り上げて返事をしてみたが、返ってきたのはさらに不気味な沈黙だった。

夜が深まるにつれ、空気が重くなった気がした。テントの中で寝袋にくるまっていた私は、眠りに落ちる直前、誰かがテントの外を歩くような足音を聞いた。動物だろうと自分を納得させようとしたが、足音は一定のリズムで続き、まるで誰かがこちらを覗き込むようにテントの周りをぐるぐると回っているようだった。友人を起こそうとしたが、彼らは疲れ果ててぐっすり眠っており、私一人でその音に耐えるしかなかった。

翌朝、目を覚ますと、テントの外に奇妙な痕跡があった。地面に人の足跡のようなものが残されていたが、それは裸足で、しかも異様に小さく、子供のものとも大人ともつかない形をしていた。友人は「誰かがいたずらしたんだろう」と笑ったが、私はその足跡が湖の方へと続いているのを見て、胸騒ぎが収まらなかった。私たちは朝食を済ませ、気分転換に湖の周辺を散歩することにした。

湖畔を歩いていると、古い祠を見つけた。苔むした石が積み上げられ、壊れかけた木の扉が風に揺れている。中には何かの供物らしきものが置かれていたが、腐りかけていて異臭を放っていた。友人の一人が「気味が悪いな」と呟きながら近づこうとした瞬間、背後から鋭い叫び声が響いた。私たちが振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、湖の水面が一瞬だけ波立ち、何かが動いたような影が見えた気がした。

その日の午後、私たちはキャンプ場を後にしようと荷物をまとめていた。すると、どこからともなく女の泣き声が聞こえてきた。それはまるで悲しみと怒りが混じったような声で、湖の奥深くから響いてくるようだった。私はその声に引き寄せられるように湖の方を見た。すると、水面にぼんやりと映る女の姿があった。長い髪が水に広がり、顔は見えないが、こちらをじっと見つめているような感覚に襲われた。友人もそれに気づき、慌てて私を車に引き戻した。

車に乗り込み、キャンプ場を離れる間も、その泣き声は耳に残り続けた。後部座席から湖を振り返ると、水面に立つ女の姿が一瞬だけはっきりと見えた。白い着物を着た女が、両手をこちらに伸ばし、口を大きく開けて叫んでいる。その顔には目がなく、ただ黒い穴が空いているだけだった。私は恐怖で声を上げ、友人に急ぐよう叫んだ。車が遠ざかるにつれ、声は小さくなったが、私の心に刻まれた恐怖は消えなかった。

それから数日後、私はあのキャンプ場について調べてみることにした。地元の人々が語る噂では、数年前、湖の近くで若い女が失踪したという。彼女は恋人に裏切られ、絶望のあまり湖に身を投げたとされている。それ以来、湖畔では奇妙な現象が頻発し、訪れる者を恐怖に陥れる亡魂が彷徨っていると囁かれていた。私はその話を聞いて、背筋が凍る思いだった。あの女の姿、あの泣き声が、彼女のものだったのかもしれない。

今でも、静かな夜になると、あの湖畔での出来事が頭をよぎる。耳元で響く足音、水面に浮かぶ亡魂の姿、そしてあの目がない顔が、私の眠りを妨げる。私は二度とあの場所には近づかないと心に誓ったが、どこかで彼女がまだ私を待っているような気がしてならない。あの湖は、静かにたたずむ美しさの裏に、恐ろしい秘密を隠しているのだ。

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