凍てつく夜の咆哮

モンスターホラー

北海道の冬は厳しい。風が雪を巻き上げ、家々の窓を白く染める。私は小さな町の古いアパートに住む会社員だ。仕事は単調で、帰宅後は暖房をつけて静かな夜を過ごすのが日課だった。だが、あの夜からすべてが変わった。

それは12月の末、気温が氷点下20度を下回った夜のこと。外は吹雪で、窓の外は視界ゼロだった。私はソファに座り、コーヒーをすすっていた。すると、遠くから奇妙な音が聞こえてきた。低く唸るような、動物の声とも機械音ともつかない響き。最初は風の音だろうと無視したが、次第にその音は大きくなり、アパートのすぐ近くまで迫ってきた。

ゴォォォ……。喉を震わせるような低音が建物全体を揺らし、私は思わず立ち上がった。窓に近づき、カーテンをそっと開けて外を見た。雪煙の中、何かが動いている。黒い影が、街灯の薄い光に一瞬だけ浮かび上がった。それは四足で歩く獣のようだったが、異様に大きかった。背丈は軽く2メートルを超え、頭部には角のような突起が確認できた。私は息を呑み、カーテンを閉めた。心臓が早鐘を打っていた。

翌朝、吹雪が収まり、外に出てみると、アパートの周囲に巨大な足跡が残されていた。幅30センチはあるその足跡は、雪に深く刻まれ、爪痕がくっきりと残っていた。犬や熊のものではない。もっと異質で、不気味な何かだ。近所の人に聞いても誰も知らない。警察に連絡したが、「野生動物だろう」と軽くあしらわれただけだった。

それから数日間は平穏だったが、私は毎夜あの音を聞くようになった。遠くで唸り、近づき、そして去っていく。眠れない夜が続き、疲労が溜まっていった。ある晩、耐えきれず友人を家に招いた。彼は地元の猟師で、野生動物には詳しいはずだ。足跡の写真を見せると、彼の顔が青ざめた。「こんなものは見たことがない。熊でも狼でもない」と呟き、彼は古い言い伝えを話し始めた。

「この辺りでは昔、冬になると山から『雪鬼』が下りてくると言われてた。人間を喰らう怪物で、吹雪の中でしか姿を見せない。猟師の間じゃ禁忌とされてて、誰も近づかなかったよ」。私は笑いものだと否定したが、彼の目は真剣だった。その夜、彼は泊まっていくと言い、猟銃を手に持ったままソファで眠った。

深夜2時頃、私は物音で目を覚ました。友人が立ち上がり、窓の方を見ている。外からあの唸り声が聞こえていた。ゴォォォ……。今度はすぐ近く、まるでアパートの壁の向こうにいるかのようだ。友人が銃を構え、「お前、隠れろ」と小声で言った。私は震えながらキッチンの隅に身を潜めた。すると、ドンッと壁を叩く音が響き、窓ガラスが割れる音がした。友人が叫び、銃声が鳴り響いた。バン! バン! そして、静寂。

恐る恐る顔を上げると、友人は床に倒れていた。胸に大きな爪痕があり、血が広がっている。窓は粉々に砕け、冷たい風が部屋に吹き込んでいた。外を見ると、あの黒い影が雪の中をゆっくり歩き去っていくのが見えた。背中に角が生え、長い尾が揺れている。人間の想像を超えた存在だった。

警察が来たが、友人の死は「熊の襲撃」と処理された。私は何度もあの怪物の話をしたが、誰も信じてくれなかった。それから私はアパートを引き払い、別の町に移った。だが、冬が来るたびにあの唸り声が耳に蘇る。どこか遠くで、あの怪物が私を追い続けているような気がしてならない。

先週、引っ越し先の家の裏庭に、同じ巨大な足跡を見つけた。雪が降り始めると、私は眠れなくなる。あの夜の咆哮が、また聞こえてくるからだ。

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