街灯の下で消えた足音

実話風

それは、ある秋の夜のことだった。

市街地の外れ、薄暗い街灯がぽつぽつと並ぶ住宅街。風が冷たく、枯れ葉がアスファルトを擦る音だけが響いていた。私は仕事帰りで、いつものように駅から自宅へと続く道を歩いていた。時計はすでに21時を回っていて、人通りはほとんどなかった。普段なら気にも留めないその静けさが、なぜかその夜は妙に重く感じられた。

歩き始めて数分、背後に誰かの気配を感じた。最初は同じ方向に帰る誰かだろうと気にしなかったが、足音が私の歩調にぴったり合っていることに気づいた。少し早めたり遅めたりしてみたが、足音はまるで鏡のように私の動きを真似する。私は振り返る勇気がなく、ただ前を向いて歩き続けた。街灯の光が地面に私の影を長く伸ばすたび、その後ろに別の影が重なるような錯覚に襲われた。

やがて、家の近所にある小さな公園の前を通りかかった。そこには古いベンチと、錆びたブランコが一つだけある寂れた場所だった。足音はまだ私のすぐ背後にあった。公園の脇にある街灯の下で、意を決して振り返った。だが、そこには誰もいなかった。風が一瞬強くなり、ブランコがキィキィと不気味に揺れただけだ。ほっとしたのも束の間、足音が再び聞こえ始めた。今度は私の前からだ。

目を凝らして見ると、公園の奥、街灯の光が届かない暗がりに、何か立っているのが見えた。人の形をしているようだったが、顔も手足もはっきりしない。ただじっとこちらを見ているような気配だけが伝わってきた。私は凍りついたように動けなかった。すると、その影が一歩、私の方へ近づいてきた。足音がまた一つ、地面を叩いた。だが、その動きに合わせて影の足が動いているようには見えなかった。まるで宙に浮いているかのように、滑るように近づいてくる。

心臓が喉までせり上がるような恐怖を感じ、私は踵を返して走り出した。足音が追いかけてくる。タッ、タッ、タッ、と規則正しく、だが異様に速く。家の玄関まであと少しというところで、私は転んでしまった。アスファルトに膝を擦りむきながら振り返ると、すぐそこまで影が迫っていた。街灯の下に差し掛かった瞬間、その姿が一瞬だけはっきりと見えた。

それは、女だった。白いワンピースを着た、長い髪の女。だが、その顔には目がなかった。鼻も口も。ただ真っ白な平らな面があるだけだった。私は叫び声を上げながら這うようにして玄関にたどり着き、鍵をガチャガチャと回して中へ飛び込んだ。ドアを閉めた瞬間、ドンッと何かがぶつかる音がした。続いて、爪で引っかくような音がドアの表面を這った。

しばらくして音が止み、私は恐る恐るドアの覗き窓を見た。そこには誰もいなかった。ただ、玄関先に置いてあった植木鉢が倒れ、土が散乱しているだけだった。私は警察に電話をかけたが、結局何も見つからなかったと言われた。その夜は眠れず、朝まで電気をつけたまま過ごした。

次の日、近所の人にその話をすると、ある老婆が黙って私の顔を見つめた後、ぽつりとこう言った。「あんた、あの公園の前で何か見たね?」私は驚いて頷くと、老婆は目を細めて続けた。「20年くらい前、あの公園で若い女が死んだよ。夜道を歩いてて、車に跳ねられてね。それから時々、街灯の下で誰かの足音が聞こえるって噂があった。」

それ以来、私はその公園の前を通るのを避けている。だが、時折、家の周りで足音が聞こえる夜がある。窓の外を見ても誰もいない。ただ、街灯の光が揺れるたび、あの白いワンピースの女が立っているような気がしてならない。あの夜、私を追いかけたものは何だったのか。今でも答えは見つからない。

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