校舎裏の泣き声

学校

数十年前、沖縄の小さな村にあった古い学校での出来事だ。

その学校は、戦後の混乱がまだ色濃く残る頃に建てられたもので、木造の校舎は湿気で軋み、どこか薄暗い雰囲気を漂わせていた。生徒たちは貧しいながらも笑顔で学び、先生たちは厳しくも温かい指導を続けていた。しかし、その学校には誰もが口にしない、ある暗い噂があった。校舎の裏にある小さな森から、夜になると女の子の泣き声が聞こえるというのだ。

当時、小学6年生だった少年は、好奇心旺盛で怖いもの知らずだった。仲間たちからは「何でも挑戦するやつ」と呼ばれていた彼は、ある日、友達数人とその噂を確かめようと放課後に校舎裏に忍び込んだ。夕陽が沈み、空が茜色に染まる頃、彼らは校舎の裏に広がる森の入り口に立った。そこは昼間でも薄暗く、湿った土の匂いと虫の鳴き声が辺りを包んでいた。

「なぁ、本当に聞こえるのかよ?」

友達の一人が震える声で囁いた。少年は笑いものになるのが嫌で、「聞こえるさ、俺が証明してやる」と強がって答えた。そして、彼らは森の奥へと足を踏み入れた。木々の間を抜け、足元に絡まるツタを払いながら進むうちに、だんだんと周囲が静かになっていった。虫の声さえ遠ざかり、まるで空気が重くなったような感覚が彼らを襲った。

すると、突然、かすかな音が聞こえてきた。

「うっ…うっ…」

それは確かに泣き声だった。低く、細く、どこか遠くから響いてくるような声。少年たちの足は一瞬止まったが、好奇心が恐怖を上回り、彼らは声のする方へと進んだ。木々の間を抜けると、そこには小さな空き地があった。中心には古びた井戸があり、その縁に何かが蹲っているように見えた。薄暗い中、目を凝らすと、それは長い髪を垂らした女の子の姿だった。

「誰だ…?」

少年が声をかけようとした瞬間、女の子がゆっくりと顔を上げた。その顔は青白く、目は黒い穴のように落ちくぼみ、口元からは涙が流れ落ちていた。彼女は無言で少年たちを見つめ、そして次の瞬間、けたたましい叫び声を上げた。

「ぎゃああああああ!」

その声は耳を劈くほど鋭く、彼らの体を震わせた。少年たちは一目散に逃げ出した。足がもつれ、転びそうになりながらも必死に森を抜け、校舎まで走り戻った。息を切らし、汗だくで振り返ると、誰も追ってきてはいなかったが、あの叫び声が耳にこびりついて離れなかった。

翌日、少年たちはその話を誰にも言わなかった。だが、それ以降、彼らは校舎裏に近づくことはなくなった。しかし、奇妙なことに、その日から少年の夢に毎晩あの女の子が現れるようになった。彼女は井戸の縁に座り、じっと彼を見つめ、何も言わずに泣き続けるのだ。そして、ある夜、夢の中で彼女が初めて口を開いた。

「お前が…呼んだんだろ?」

その言葉に少年は飛び起き、全身が冷や汗で濡れていた。それ以来、彼は夜が来るたびに怯えるようになった。友達に相談しても「あの時のお前が悪い」と笑われるだけだったが、彼には確信があった。あの森で見たものは、ただの幽霊なんかじゃない。何かもっと深い、暗いものがそこに潜んでいるのだと。

数年後、その学校は老朽化を理由に取り壊された。校舎裏の森も整備され、井戸は埋められてしまった。だが、村の古老たちの中には「あの井戸には戦時中に死んだ子が眠っている」と語る者もいた。空襲で家族を失い、井戸に身を投げた少女がいたというのだ。彼女の泣き声は、誰かに気づいてほしいという叫びだったのかもしれない。

少年は大人になり、村を離れたが、あの体験は彼の心に深い傷を残した。そして、時折、静かな夜に遠くから聞こえるような気がする泣き声を、今でも忘れられないのだ。

あの森はもうない。井戸もない。でも、彼女の声は、どこかでまだ響いているのかもしれない。耳を澄ませば、今夜も聞こえるかもしれない。君には、聞こえるかい?

タイトルとURLをコピーしました