朽ちた社に響く鈴の音

実話風

宮城県の山奥に、今から数十年前、寂れた集落があった。そこには古びた社がひっそりと佇んでいて、村人たちはその場所を避けて通った。社の周囲には何とも言えない空気が漂い、風が吹くと木々のざわめきがまるで誰かの囁きのように聞こえた。村の古老たちは、かつてその社にまつわる恐ろしい出来事があったと語り継いでいたが、詳しいことは誰も知らなかった。ただ一つ確かなのは、夜にその近くを通ると、どこからともなく鈴の音が聞こえてくるということだった。

ある夏の夜、集落に住む若い男が、友人と酒を飲んだ勢いでその社へ向かった。彼は普段から怖いもの知らずで、村の言い伝えを笑いものにしていた。『鈴の音なんてただの風の音だろ』と豪語し、仲間たちにからかわれながらも、懐中電灯を手に社の境内へ足を踏み入れた。仲間たちは遠くから見守っていたが、男が社に近づくにつれ、なぜか胸騒ぎが募った。

男が社の前に立つと、確かに鈴の音が聞こえてきた。チリンチリンと小さく、しかし不気味に響く音。風はなく、空気は重く淀んでいた。彼は懐中電灯で辺りを照らしたが、鈴の出どころは見当たらない。『こんな古い場所に鈴なんかあるわけないだろ』と自分を落ち着かせようとしたが、音は次第に大きくなり、まるで耳元で鳴っているかのようだった。男は笑顔が消え、額に冷や汗が浮かんだ。

その時、社の裏からかすかな人影が動くのが見えた。懐中電灯を向けると、そこには誰もいない。ただ、木々の間を縫うように揺れる影だけが残っていた。男の心臓は早鐘を打ち、足が震え始めた。それでも意地を張って『誰かいるのか!出てこい!』と叫んだ。すると、鈴の音が一瞬止まり、静寂が訪れた。だがその静けさは長くは続かなかった。

突然、背後から冷たい手が男の肩をつかんだ。振り返ると、そこには白い着物を着た女が立っていた。顔は見えないほど長い黒髪で覆われ、首が不自然に傾いでいた。女はゆっくりと顔を上げ、髪の隙間から覗く目は真っ黒で、何も映していなかった。男は悲鳴を上げて逃げようとしたが、足が動かない。まるで地面に根が生えたように、体が硬直していた。女の口が開き、低くくぐもった声で『おいで』とつぶやいた瞬間、男の意識は途切れた。

仲間たちは遠くからその様子を見ていたが、男が突然倒れるのを見て慌てて駆け寄った。しかし、社に着いた時には男の姿はどこにもなかった。懐中電灯だけが地面に転がり、微かに光を放っていた。仲間たちは恐ろしさで震えながら村に戻り、翌朝、村人たちと一緒に再び社へ向かった。だが、そこには何の痕跡も残っていなかった。ただ、風が吹くたびに、どこからともなく鈴の音が響き渡っていた。

それから数日後、男の家族が不思議な夢を見た。男が社の前で立ち尽くし、じっとこちらを見つめている夢だった。彼の目は虚ろで、口元には薄い笑みが浮かんでいた。そして、夢の中で男はこう言った。『俺はここにいるよ。迎えに来てくれ』。家族はその夢をきっかけに、男を探しに社へ向かったが、何も見つからなかった。村人たちは口々に『あそこに行った者は戻らない』と囁き合い、以来、誰もその社に近づこうとはしなかった。

それから数年が経ち、集落は過疎化でさらに寂れていった。ある日、村に残っていた数少ない若者の一人が、好奇心から社の周辺を歩いていた。彼は偶然、社の裏に隠された小さな祠を見つけた。祠の中には古びた鈴と、何かに染まったような布切れが入っていた。布を手に取った瞬間、背後で鈴の音が鳴り響き、彼は慌ててその場を離れた。家に帰った後、彼は高熱にうなされ、数日間うわ言を繰り返した。『女が来る、女が来る』と。

やがて彼は回復したが、それ以来、夜になると家の外をじっと見つめる癖がついた。家族が尋ねても、彼はただ『あそこにいる』とだけ答えた。ある夜、彼は突然家を飛び出し、社の方向へ走っていった。家族が追いかけたが、彼の姿は闇に紛れて見えなくなった。それっきり、彼もまた戻ってくることはなかった。

この話は集落の外にも広がり、いつしか『鈴の社の呪い』として語られるようになった。数十年前の出来事がきっかけで、社の周辺では不思議な現象が続いているという。夜道で鈴の音を聞いた者は、次の日には行方不明になる。あるいは、夢の中で白い着物の女に呼ばれ、目を覚ますと家の外に立っているという報告もある。村人たちは口を揃えて言う。『あの社は生きている。そこに近づく者を飲み込むんだ』と。

今でも、宮城県の山奥にはその社が残っているという。朽ち果てた木造の建物は、時間の流れとともにさらに不気味さを増している。地元の猟師が偶然通りかかった時、遠くから鈴の音を聞いたと証言した。彼はすぐにその場を離れたが、後日、猟犬が突然怯え始め、社の方向を吠え続けたという。猟師は二度とその場所に近づかなかった。

この話は私の親戚から聞いたものだ。彼はかつてその集落に住んでいたが、若者たちが次々と消えていくのを見て、家族と共に逃げるように引っ越したという。親戚は今でも、夜に風が吹くと鈴の音が聞こえる気がすると言う。そして、その音が聞こえるたびに、あの社のことを思い出し、背筋が凍るのだと語った。私自身はそこへ行く勇気はないが、もしあなたがその場所を知っているなら、夜に近づくのはやめたほうがいい。鈴の音が聞こえたら、もう遅いかもしれないから。

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