街灯の下で揺れる影

怪談

茨城県のとある市街地。夜になると人通りが少なくなり、街灯の明かりだけが寂しく道路を照らす場所があった。そこに住む男は、毎晩のように仕事帰りにその道を通っていた。普段はただの帰り道に過ぎなかったが、ある夜を境に、彼の日常は静かに崩れ始めた。

その夜は特に風が強く、街灯が揺れて光と影が不規則に踊っていた。男は疲れ果てた足取りで歩きながら、ふと視界の端に何かを感じた。振り返ると、そこには誰もいない。ただ、街灯の下に伸びる自分の影が、妙に長く歪んでいるように見えた。疲れているせいだろうと気にも留めず、彼は歩みを進めた。

だが、次の瞬間、背後からかすかな音が聞こえた。カサ…カサ…。枯れ葉が擦れるような、軽くて不気味な音だ。立ち止まって耳を澄ますと、音は一瞬途切れた。しかし、再び歩き始めると、また聞こえてくる。今度は少し近く、少し大きく。男の心臓が早鐘を打ち始めた。彼は振り返る勇気もなく、ただ足を速めた。

家までの距離はあと少し。角を曲がれば見慣れたアパートが見えるはずだ。だが、角を曲がった瞬間、彼は凍りついた。街灯の下に、誰かが立っている。黒い人影が、じっとこちらを見ているように感じた。距離は遠く、顔は見えない。ただ、その影は異様に細長く、まるで人間の形を無理やり引き伸ばしたようだった。風が吹くたび、その影が揺れ、まるで生きているかのように動いている。

男は息を呑み、目を逸らして走り出した。アパートの玄関にたどり着き、鍵を開ける手が震えた。部屋に飛び込み、ドアを閉めると同時に鍵をかけた。荒い息をつきながら窓の外を見ると、街灯の下にはもう誰もいなかった。ただ、風が木々を揺らし、影がチラチラと動くだけだ。

安心したのも束の間、彼は部屋の中で異変に気づいた。窓の外から聞こえるはずのない、カサ…カサ…という音が、部屋の中から聞こえてくる。耳を疑いながらも音のする方へ目をやると、部屋の隅に伸びる自分の影が、ゆっくりと揺れている。街灯の光が届かないはずの場所で、影が勝手に動いているのだ。

男は恐怖に駆られ、電気を点けた。明るい光が部屋を満たし、影は一瞬にして消えた。安堵のため息をついたが、その夜、彼は眠れなかった。翌朝、疲れた体を引きずって仕事へ向かう途中、再びあの道を通った。街灯の下には何もない。ただ、昨夜の記憶が頭を離れず、彼は無意識に自分の影を確かめた。すると、足元に伸びる影が、二重になっているように見えた。一つは確かに自分のものだが、もう一つは細長く、不自然に揺れている。

それからというもの、男の周りで奇妙なことが続くようになった。夜になると、どこからともなくカサカサという音が聞こえ、部屋の隅に不気味な影が現れる。時には鏡に映る自分の姿が、ほんの一瞬だが歪んで見えることもあった。友人に相談しても笑いものだ。彼は次第に孤立し、眠れない夜を過ごすようになった。

ある日、男は決心した。このままではおかしくなると、街灯の下に何があるのか確かめに行くことにした。夜が更け、人気のない道を歩き、あの角を曲がった。街灯の下には、やはりあの細長い影が立っていた。今度は逃げずに近づいてみる。距離が縮まるにつれ、影の輪郭がはっきりしてきた。だが、それは人間ではなかった。顔のない、黒い塊のようなものが、ただそこに浮いている。

男が立ちすくむ中、その影がゆっくりと動き出した。カサ…カサ…という音が近づき、影が男の方へ伸びてくる。恐怖で動けない彼の目の前で、影は突然地面に溶け込むように消えた。呆然とする男の足元を見ると、自分の影がまた二重になっている。そして、二つ目の影が、じわじわと彼の体に這い上がってくるような感覚がした。

次の瞬間、男は気を失った。目が覚めた時、彼は自分の部屋の床に倒れていた。時計を見ると、夜中の3時。外は静まり返り、カサカサという音も消えていた。だが、彼の体には異様な感覚が残っていた。鏡を見ると、そこに映る自分の顔が、微かに歪んでいる。目が少し離れ、口がわずかに曲がっているような気がした。

それから数日後、男は突然姿を消した。近隣の住民が最後に彼を見たのは、あの街灯の下だったという。荷物はそのままに、アパートから忽然といなくなった。警察が調べても手がかりはなく、ただ一つ、部屋の壁に奇妙な影のような染みが残されていた。風が吹くたびに、その染みが揺れているように見えたという。

今でもその市街地では、夜になると街灯の下に不気味な影が現れるという噂が絶えない。通りかかった者が、カサカサという音を聞いたり、自分の影が二重に見えたと語ることもある。誰もがその道を避けるようになり、街灯の明かりだけが、静かに影を揺らし続けている。

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