深夜の踏切に響く音

サスペンスホラー

それは、ある蒸し暑い夏の夜のことだった。

私は岡山の田舎町に住む会社員で、その日は残業で遅くなった。時計はすでに23時を回っていて、駅から自宅までの道を急いでいた。普段なら車を使うのだが、たまたまその日は点検に出していて、仕方なく電車と徒歩での帰宅を選んだのだ。

駅から家まではおよそ20分。田んぼに囲まれた一本道を歩き、途中で小さな踏切を渡る。昼間ならのどかな風景だが、夜になると街灯もまばらで、虫の声だけが響き渡る不気味な雰囲気に変わる。特にその踏切は、周囲に人家が少なく、なぜかいつも風が冷たく感じられた。

その夜も、踏切に差し掛かったときだった。カン、カン、カン…と、警報音が鳴り始めた。遮断機が下り、電車が通過するのを待つ。遠くからヘッドライトが見え、ゴーッという音とともに電車が通過していく。私はぼんやりとそれを眺めていたが、ふと違和感を覚えた。電車が通り過ぎた後、警報音が止まないのだ。

カン、カン、カン…。遮断機も上がらない。故障だろうかと思いながら、周囲を見回した。すると、踏切の向こう側に何かが見えた。薄暗い街灯の下に、ぼんやりと白い人影が立っている。距離にして20メートルほど。女のようだった。長い髪が風に揺れ、白い服が夜の闇に浮かんでいた。

「こんな時間に誰だろう?」

不思議に思いながら見ていると、その人影がこちらに近づいてくる。いや、近づくというより、滑るように移動しているような感覚だった。足音は聞こえない。ただ、カン、カン、カン…という警報音だけが耳に残る。私は背筋が寒くなり、動けなくなった。

人影は踏切の中央で立ち止まった。顔は暗くて見えないが、こちらをじっと見つめている気がした。その瞬間、警報音が一層激しくなり、カンカンカンカン!と耳をつんざくような音に変わった。私はたまらず後ずさりし、逃げようとした。だが、足がすくんで思うように動かない。

すると、人影が突然こちらに手を伸ばしてきた。白い腕が不自然に長く伸び、まるで私を掴もうとしているようだった。私は恐怖で声を上げそうになったが、喉が詰まって音が出ない。そのとき、背後から別の音が聞こえた。

ゴーッ…。

振り返ると、また電車が近づいてくる。ヘッドライトが眩しく、私を照らし出す。人影はまだそこにいて、手を伸ばしたまま動かない。電車が通過するまでの数秒が永遠に感じられた。そして、電車が過ぎ去った瞬間、人影は消えていた。警報音も止まり、遮断機がゆっくりと上がった。

私は放心状態でその場に立ち尽くしていたが、やっとの思いで家まで走って帰った。部屋に飛び込み、鍵をかけて震えながら布団に潜り込んだ。あれは何だったのか。幻覚か、それとも…。

翌日、会社でその話を同僚にしてみた。すると、年配の先輩が神妙な顔でこう言った。

「あの踏切か…。昔、そこである事故があったんだよ。夜遅くに若い女が電車に轢かれてね。それ以来、妙な噂が絶えないんだ。」

私は背筋が凍りついた。あの人影は、もしかして…。

それからというもの、私は絶対にあの踏切を夜に通らないと決めた。だが、数日後のことだ。仕事がまた遅くなり、帰宅途中でうっかりいつもの道を歩いてしまった。踏切に近づくにつれ、心臓が早鐘を打つ。警報音は鳴っていない。遮断機も上がったままだ。安心したのも束の間、踏切を渡ろうとした瞬間、背後でカン、カン、カン…と音が鳴り始めた。

振り返ると、そこには誰もいない。だが、風が冷たく頬を撫で、遠くで白い影が揺れている気がした。私は全力で走り出し、二度と振り返らなかった。

それ以来、私は引っ越しを決意した。あの町にはもう住めない。あの踏切の音が、今でも耳に残って離れないのだ。

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