夜の校舎に響くすすり泣き

学校怪談

北海道の小さな田舎町に、古びた木造校舎の小学校があった。そこは戦後の混乱期に建てられたもので、今では生徒数も減り、昼間でもどこか薄暗い雰囲気が漂う場所だった。地元の者なら誰でも知っているが、その学校には長い間語り継がれる噂があった。夜な夜な、誰もいないはずの校舎からすすり泣くような声が聞こえるというのだ。

俺がその話を初めて耳にしたのは、小学五年生の頃だった。夏休み明けの夕方、友達数人と学校の裏庭で遊んでいた時のことだ。日が暮れて辺りが薄暗くなり始めた頃、ふと誰かが言った。「なあ、聞いたことある? この学校、夜になると女の子の泣き声が聞こえるんだぜ」。俺たちは顔を見合わせ、最初は笑いものだった。でも、その話をしてくれた友達の目はどこか真剣で、笑い声はやがて沈黙に変わった。

「昔さ、ここで女の子が行方不明になったんだって。で、結局見つからなくて…それからずっと、夜になると泣き声がするらしいよ」。その話に俺たちはゾッとした。でも子供の好奇心ってのは恐ろしいもので、誰ともなく「じゃあ、確かめに行こうぜ」なんて言い出した。俺も怖かったけど、仲間外れになるのが嫌で渋々ついていくことにした。

その日の夜、懐中電灯と棒っきれだけ持って、俺たち五人は学校の裏門に集まった。裏門は錆びついた鉄格子で、昼間でも近寄りがたい雰囲気がある。鍵はかかっていなかったが、門を押すとキィーッと不気味な音が響いた。校舎の窓は真っ暗で、月明かりだけが古い木の壁を照らしていた。俺たちの足音がやけに大きく響いて、みんな無言で顔を見合わせた。

校舎の中に入ると、空気はひんやりとしていて、カビ臭い匂いが鼻をついた。廊下の床板は歩くたびにギシギシと音を立て、懐中電灯の光が壁に映る影を不気味に揺らした。「ほら、何もいないじゃん」と誰かが強がって言ったけど、その声は震えていた。とりあえず二階の教室に向かうことにした。噂では、泣き声は二階の奥の教室から聞こえることが多いらしい。

階段を上るたびに、足元の木の軋みが心臓に響く。なんとか二階にたどり着いたけど、廊下はさらに暗く、冷気が体を刺すようだった。奥の教室に近づくにつれて、俺たちの歩く速度は自然と遅くなった。誰もが何かを感じていたんだと思う。空気が重い。まるで誰かに見られているような感覚が、背筋を這うように広がっていく。

そして、ついにその教室の前に立った。ガラス窓のついた古い引き戸は、半分開いた状態で止まっていて、中は真っ暗だった。懐中電灯で照らすと、埃をかぶった机と椅子が並んでいるのが見えた。誰もいない。ほっとした瞬間だった。けど、その時だった。遠くから、かすかに、すすり泣くような音が聞こえてきた。

「…ねえ、聞こえた?」と隣にいた友達が囁いた。俺は首を振って「気のせいだろ」と答えたけど、心臓がバクバクしてるのが自分でも分かった。みんな黙り込んで、耳を澄ませた。すると、また聞こえた。確かに、すすり泣くような声だ。遠くから、でも確実に近づいてくる。教室の奥からじゃない。廊下の向こう、階段の方からだ。

「やばい、逃げよう」と誰かが叫んで、俺たちは一斉に駆け出した。階段を下りる時、背後でその泣き声がどんどん大きくなる。まるで追いかけてくるみたいに。懐中電灯の光が揺れて、影が壁に踊る。階段を踏み外しそうになりながら、なんとか一階にたどり着いた。でも、泣き声はまだ止まない。それどころか、今度は校舎全体に響いているような気がした。

裏門まで走って逃げた時、振り返ると校舎の二階の窓に何かが見えた。白いぼんやりした影が、じっとこっちを見ているような気がした。月明かりに照らされて、長い髪が揺れているように見えた。俺はその場で凍りついたけど、友達に引っ張られてなんとかその場を離れた。

家に帰ってからも、頭の中からあの泣き声が離れなかった。次の日、学校に行くと、俺たちの冒険の話はあっという間に広まって、先生にまでバレちまった。先生は「そんなバカなことするな」と怒ったけど、その目にはどこか怯えみたいなものがあった。それからしばらくして、俺たちの学年で不思議なことが起こり始めた。夜中に金縛りにあったり、誰もいない部屋で物音がしたりって話が次々に出てきた。俺も何度か、夢の中であの泣き声を聞いた。

結局、俺たちが何か悪いものを呼び起こしてしまったのか、それともただの偶然だったのか、今でも分からない。けど、あの学校は数年後に取り壊されて、今は何もない更地になってる。地元の人は誰もその話をしないし、俺もあれ以来、夜の学校には二度と近づいていない。時折、あの泣き声が耳の奥で響くことがあるけど、ただの思い出だと自分に言い聞かせてる。でも、心のどこかで、あの夜に見た白い影がまだそこにいるんじゃないかって、思う時があるんだ。

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