数年前の夏、俺は大学の友人たちと肝試しをしようって話になった。
地元に古い廃校があるって噂を聞いて、ちょっとした冒険気分でそこへ向かうことにしたんだ。
場所は愛知県の田舎町、車で1時間くらい走ったところにある。
その学校は20年以上前に閉校になって、今はもう誰も近寄らないような場所だった。
ネットで調べても情報はほとんどなくて、地元の年寄りが「行かないほうがいい」って言うくらいで、具体的な話は誰も教えてくれなかった。
夜の10時を回った頃、俺たちは車を降りて懐中電灯を手に持った。
夏なのに妙に涼しくて、風もないのに背筋がゾクゾクするような感覚があった。
校門は錆びついた鎖で閉じられていたけど、隙間が広くて簡単にくぐり抜けられた。
敷地内に入ると、雑草が膝くらいまで伸びていて、コンクリートの地面がひび割れているのが見えた。
校舎の窓はほとんど割れていて、暗闇の中でガラスの破片が月明かりに反射して不気味に光っていた。
「本当にここ、入るの?」って一人がビビった声で言うけど、俺は強がって「せっかく来たんだからさ」と笑いものにした。
玄関の扉は半開きで、ちょっと押すだけでギイッって嫌な音が響いた。
中に入ると、カビ臭い空気が鼻をついて、床には埃が積もって足跡がくっきり残る。
懐中電灯の光で辺りを照らすと、剥がれたポスターやひっくり返った机が散乱していて、まるで時間が止まったみたいだった。
最初はみんなでギャーギャー騒ぎながら歩いてた。
教室を覗いたり、黒板に変な落書きが残ってるのを見て笑ったりしてた。
でも、だんだん異変に気づき始めた。
校舎の奥の方から、微かに笑い声が聞こえてくるんだ。
最初は気のせいだろって思ったけど、みんなが一斉に立ち止まって顔を見合わせた。
「今、聞こえたよな?」って誰かが囁くと、みんな静まり返って耳を澄ます。
また聞こえた。子供の笑い声。女の子っぽい、甲高い声。
でも、廃校に子供なんているはずがない。
「やばい、帰ろうぜ」と言う奴もいたけど、俺は意地っ張りだから「ちょっと見てくるだけ」と言い張って奥へ進むことにした。
他の奴らも渋々ついてきたけど、みんな明らかにビビってる。
笑い声はどんどん近づいてきて、3階の廊下の突き当たりあたりが怪しいって気づいた。
階段を上るたびに、軋む音が響いて、心臓がバクバクする。
3階に着いた瞬間、笑い声がピタッと止んだ。
代わりに、廊下の奥から何か動く影が見えた。
小さくて、子供くらいの背丈。
懐中電灯を向けたけど、影はスッと消えた。
「何だよ、今の」と震える声で言う奴がいるけど、俺も答えられない。
そのまま突き当たりの教室に近づくと、ドアが少し開いていて、中から冷たい風が吹いてくるような感じがした。
ドアをそっと開けると、教室の中は真っ暗。
でも、黒板の前に誰かが立ってるのが見えた。
背が低くて、長い髪をした女の子っぽいシルエット。
動かない。ただそこに立ってるだけ。
「ねえ、誰?」って声をかけたけど、返事はない。
懐中電灯で照らすと、急にそいつがこっちを振り返った。
顔が…顔がなかった。
目も鼻も口もない、ただ真っ白な面。
でも、頭の中にはっきりと笑い声が響いてきた。
「キャハハハハ」と、さっきの甲高い声が直接脳に響く感じ。
俺は叫び声をあげて後ずさりして、仲間もパニックになって一斉に逃げ出した。
階段を駆け下りる途中で転びそうになったけど、そんなの構ってられない。
校舎を出て車に飛び乗って、エンジンをかけた瞬間、バックミラーにそいつが映った。
校門のところに立って、こっちを見てる。
顔がないのに、睨まれてるって感覚がハンパなかった。
そのまま車を飛ばして帰ったけど、誰も一言も喋らなかった。
それから数日後、俺はあの廃校について調べてみることにした。
地元の図書館で古い新聞を漁ってたら、20年以上前にその学校で火事があって、何人かの生徒が亡くなったって記事を見つけた。
その中に、女の子が含まれていたって書いてあった。
火事の原因はよくわかってないけど、放火の疑いもあったらしい。
その話を仲間にもしたら、みんな顔が真っ青になって、それ以来誰もあの夜の話はしない。
今でも、時々あの笑い声が耳に蘇る。
特に夜中、静かな時に聞こえてくる気がする。
あれ以来、廃墟とか肝試しなんて二度と行く気になれない。
でも、俺が一番怖いのは、あの女の子がまだ俺たちを覚えてるんじゃないかってこと。
何かの拍子に、また会ってしまうんじゃないかって、いつもどこかでビクビクしてるんだ。