深夜の廃工場に響く叫び声

実話風

それは今から数年前の夏の夜のことだった。

大阪府の郊外、かつては賑わっていた工業地帯の一角に、古びた廃工場がぽつんと佇んでいた。鉄骨が錆びつき、窓ガラスは割れ、壁には蔦が絡みついている。地元では「入ったら戻ってこられない」と噂される場所だったが、そんな話を笑いものだとばかりに、私と友人たちは肝試しにその廃工場へ足を踏み入れることにした。

メンバーは私を含めて4人。大学生だった私たちは、夏休みの退屈を紛らわすために、ちょっとした冒険を求めてやってきたのだ。リーダー格のAは「怖いものなんてねえよ」と豪語し、気弱なBは「やめようよ」と何度も引き返そうとしたが、結局好奇心に負けてついてきた。Cは無口でいつも冷静だったが、この夜はどこか落ち着かない様子だった。そして私自身、内心では少し怖がりながらも、みんなと一緒なら大丈夫だと自分を励ましていた。

夜の11時を回った頃、懐中電灯を手に廃工場の敷地に侵入した。入り口の鉄扉は半開きで、軋む音を立てて風に揺れている。建物の中は湿った空気が漂い、どこかカビ臭い匂いが鼻をついた。床には割れたガラスや古びた機械の部品が散乱し、足を踏み入れるたびにガリガリと音が響いた。Aが先頭に立ち、「ほら、何もねえじゃん」と笑いながら進んでいく。私たちはその後ろをついて歩いた。

最初のうちは、薄暗い工場の中を歩き回るだけでもスリルがあって楽しかった。壊れた機械や放置された工具を見ながら、「昔はここで何作ってたんだろうな」とAが呟いた時、突然、Bが立ち止まった。「ねえ、なんか聞こえなかった?」と小さな声で言う。彼の顔は青ざめていた。私は耳を澄ませたが、風が窓の隙間を通る音以外、何も聞こえない。「気のせいだよ」とAが笑いものにしたが、Bは「絶対何かあった」と譲らない。

その時、Cが突然懐中電灯を奥の暗闇に向けた。光の先には、埃をかぶった古い作業台があったが、その上に何か奇妙なものが見えた。よく見ると、それは古びた人形だった。顔の塗料が剥げ落ち、片方の目は潰れていて、不気味にこちらを見つめているようだった。「誰か置いたのかな」と私が呟くと、Bが震えながら「こんなとこに置くわけないじゃん」と声を荒げた。確かにその人形は、廃墟に似つかわしくないほど異様に存在感を放っていた。

Aは面白がって人形に近づき、「お前らビビりすぎだろ」とそれを手に取った瞬間、どこか遠くから低い唸り声のような音が聞こえてきた。私たちは一斉に顔を見合わせた。「何だ今の?」とAが初めて不安そうな声を出した。唸り声は次第に大きくなり、まるで何かが近づいてくるような響きに変わっていった。Bは「もう帰ろう!」と叫び、私もその意見に賛成した。だが、Cが「待て」と静かに言った。「あれ、見てみろ」

彼が指差した先、工場の奥の暗闇に、ぼんやりとした人影のようなものが立っていた。懐中電灯の光を向けても、影は輪郭がぼやけていて、はっきりと姿を捉えられない。Aが「誰だよ!ふざけんな!」と叫んだが、影は答えず、ただじっとこちらを見ているようだった。その瞬間、影がスッと動いたかと思うと、突然消えた。そして、次の瞬間、耳をつんざくような女の叫び声が工場全体に響き渡った。

私たちはパニックに陥った。Bは泣き叫びながら出口へ走り出し、Aも「何だよこれ!」と叫びながら後を追った。私はCと一緒に逃げようとしたが、彼はなぜかその場に立ち尽くしていた。「C、早く!」と叫んだが、彼は放心したように呟いた。「あれ…俺、知ってる。あの声…」

出口に向かって走る中、私は背後で何かが追いかけてくるような気配を感じた。足音ではない、もっと不気味で異様な、這うような音だった。振り返る勇気はなかったが、背筋が凍るような感覚が全身を包んだ。やっとの思いで鉄扉を抜け、敷地の外に出た時、BとAはすでに息を切らして地面に座り込んでいた。しかし、Cの姿が見えない。私は「Cは!?」と叫んだが、誰も答えられなかった。

その後、私たちは警察に助けを求めた。廃工場に戻った警察が見つけたのは、Cが持っていたはずの懐中電灯だけだった。彼はその夜以来、行方不明になった。警察は「単なる失踪事件」と処理したが、私たちには分かっていた。あの叫び声と影が、彼をどこかへ連れ去ったのだと。

それから数年が経ち、私はあの夜のことを誰にも話せずにいる。だが、時折、静かな夜に耳を澄ますと、遠くからあの女の叫び声が聞こえてくる気がする。そして、廃工場は今もそこに佇んでいる。誰も近づかず、ただ静かに、まるで何かを待ち続けているかのように。

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