呪われた森の囁き

伝説

深い霧に包まれた夜、静かな村の片隅で、老人が震えながら語り始めた。村はずれの森には、決して近づいてはならない場所があるという。そこでは、昔から人々の間で語り継がれる、恐ろしい呪いが息づいているのだと。老人は、遠い記憶をたどるように、目を細めて語った。

数十年前、ある若い男がその森に入った。村人たちは彼を止めようとしたが、彼は好奇心に駆られ、警告を無視して森の奥へ進んだ。初めのうちは、何も起こらなかった。鳥のさえずりさえ聞こえる穏やかな森だった。しかし、陽が沈むにつれ、気配が変わった。木々が異常に密になり、足元には霧が濃く立ち込めた。男は不安を感じながらも、引き返す勇気が出なかった。

すると、突然、遠くからかすかな囁きが聞こえた。最初は風の音かと思ったが、徐々にその声は明確になり、自分の名を呼んでいるようだった。男は震え上がり、逃げようとしたが、足が重く、まるで地面に吸い込まれるように動けなくなった。その時、目の前に現れたのは、顔のない人影だった。人影はゆっくりと近づき、男の耳元で低い声でこう囁いた。「ここを出たら、呪われる。だが、留まれば死ぬ。」

男は恐怖に駆られ、なんとか森から逃げ出した。村に戻った彼は、見たこともないほど蒼白な顔で、ただ震えていた。しかし、呪いの言葉は現実のものとなった。次の日から、男の周囲で奇妙なことが次々と起こり始めた。夜中に窓を叩く音、部屋の隅に立つ黒い影、夢の中で聞こえるあの囁き。村人たちは彼を避けるようになった。呪われた者は、誰にも救われないと信じられていたからだ。

やがて、男は精神を蝕まれ、森に戻ることを決意した。もう一度人影と向き合い、呪いを解こうとしたのだ。しかし、二度と彼は戻らなかった。村人たちが森を捜索しても、男の痕跡は一切見つからなかった。ただ、森の奥深くで、かすかな囁きが聞こえたという。以来、村では誰もその森に近づかなくなったが、時折、夜風に混じって「あの男の声」が聞こえることがあるという。

ある夜、好奇心旺盛な少女がその話を聞いて、森へ向かった。彼女は、ただの迷信だと信じていた。しかし、森に入った瞬間、冷たい空気が彼女を包み込み、背中に誰かの視線を感じた。振り向いても誰もいない。だが、木々の間から、赤い目がチラチラと光っているように見えた。彼女は慌てて走ったが、道が突然消え、どこにも出口がない迷路のように感じられた。

その時、耳元で再び囁きが聞こえた。「逃げても無駄だ。呪いはすでに君についた。」少女は泣きながら叫んだが、声は森に吸い込まれるように消えた。次の朝、村人たちは森の入り口で彼女を見つけた。彼女は意識を失い、口から血を流していた。目を覚ました彼女は、何も覚えていないと言ったが、時折、遠くを見つめる目には、深い恐怖が宿っていた。以降、彼女の周囲でも奇妙な出来事が続き、村人たちは彼女を「呪われた者」として見るようになった。

呪いは、森から出た者にだけつくとされる。だが、森に入らなくても、名前を呼ばれるだけでその恐怖が広がるという。老人は最後にこう付け加えた。「もし夜道で自分の名前を呼ばれたら、絶対に振り返るな。振り返れば、呪いが始まる。」その言葉は、聞き手の心に冷たい針を突き刺すようだった。

村の外れには、今もあの森が静かに立ち、霧に包まれた木々は、訪れる者を静かに見守っている。だが、誰にもその本当の姿は見えない。見えた者は、みな呪われるか、消えるか、どちらかの運命をたどるのだと。

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