十年前のある秋の夜、私は深い山道を一人で歩いていた。宮崎の山々は夜になると別の顔を見せる。街灯などないこの道では、月明かりだけが頼りだった。
私は仕事で遅くなり、帰り道を急いでいた。だが、ふと気が付くと、自分の足音以外に、別の足音が聞こえてくることに気づいた。最初は自分の足音の反響かと思ったが、それは明らかに私の足音とは違うリズムで、少し後ろから聞こえてくる。
振り返ったが、そこには誰もいなかった。しかし、足音は止まらない。私は速度を上げたが、足音もまた速くなった。恐ろしさに駆られ、走り出した。だが、足音は私を追い立てるように、さらに近づいてくる。
山道の曲がり角を何度も曲がり、ようやく見慣れた集落の入り口にたどり着いた時、足音は突然消えた。安堵の息をついたが、すぐに違和感を覚えた。家々の窓は全て閉ざされ、街全体が死んだように静まり返っていた。
その時、後ろから冷たい風が吹き、私は思わず振り返った。そこには、白装束の女が立っていた。彼女の顔は見えないほど薄暗く、ただその存在感だけが恐ろしかった。彼女は一言も発せず、ただ私を見つめていた。
私は恐怖に駆られ、家に飛び込んだが、その夜は一睡もできなかった。翌朝、友人にその話をすると、彼は驚いた表情で「ここ何年もその道で亡くなった人の霊が出るって噂があるんだ」と言った。
それ以来、夜の山道を一人で歩くことは避けるようになった。しかし、あの夜の足音と白装束の女の姿は、今でも夢に見ることがある。あの足音は一体誰のものだったのか、そして彼女が何を訴えようとしていたのか、今もって分からない。
その恐怖体験は、今でも私の中で生々しく蘇る。夜の闇の中で聞こえる足音は、私にとっては常に死の予感を伴うものだ。