明治時代、長野県の山深い村で一人の男が暮らしていた。彼は若い頃から山に入り、木材を切り出し、村の生活を支える仕事をしていた。だが、その男には誰にも言えない秘密があった。
ある日、男は山奥で古びた墓を見つけた。墓の周りには何の説明もなく、ただ一つの石碑が立っていた。男はその墓を掘り返し、中にあった金目の物を盗んだ。だが、その行為が彼の人生を大きく変えることになるとは思ってもみなかった。
盗んだその夜から、男の周りでは奇妙なことが起こり始めた。夜中に聞こえる不気味な足音、見えない何かが部屋を通り過ぎる感覚、そして深夜に響く子供の泣き声。村人たちは男の変わり様を見て、何か恐ろしいものが彼を付け狙っていると噂し始めた。
男は恐怖に耐えかねて、別の村の神主に相談した。神主は「その墓はこの地の古い怨念を封じていたものだ。お前がその封印を解いたのだ」と告げた。神主の言葉によれば、その墓はかつて村の外から来た一族が住んでいた場所で、その一族は疫病で全滅し、怨念となってこの地に留まっていたという。
男は神主の助言に従い、盗んだものを元の場所に戻し、墓を元通りに修復した。しかし、それでも異変は止まらなかった。ある晩、男は夢の中で見知らぬ子供に会った。その子供は「私たちは帰れない…」と繰り返し、男の心を深くえぐった。
男はその後、精神が壊れ始め、夜中に叫び声を上げるようになった。村人たちは彼を恐れるようになり、孤立させていった。とうとう男は山へ戻り、再びあの墓の場所を訪れた。だが、そこには何もなかった。墓も石碑も、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
その翌朝、男は自宅で死んでいるのが見つかった。死因は不明だが、体には生前にはなかった傷跡が多数見つかった。村人たちは誰もが彼の死に安堵しつつも、恐れを抱いた。そしてその話は村の伝説として語り継がれ、誰もその山奥へは近づかなくなった。
今でもその村では、夜中に子供の泣き声が聞こえることがあるという。村人たちはそれが、あの墓に眠っていた魂たちの声であると信じている。