闇夜の寺院で響く声

怪談

夜は静けさを増す。京都の古い寺院の周りでは、特にそうだ。ある夜、私はその寺院の近くにある小さなアパートで暮らしていた。アパートは静かで、外から聞こえるのはせいぜい風の音だけだった。だが、その夜は違った。

時刻は深夜の二時を過ぎていた。私はベッドに横たわり、読書に没頭していた。窓の外は闇に包まれ、虫の声もほとんど聞こえない。そんな静寂の中、突然、遠くからかすかな声が聞こえた。

最初は気のせいだと思ったが、その声は次第に大きくなり、はっきりと聞き取れるようになってきた。それは女性の声だった。彼女は何かを必死に訴えているようだった。

「助けて…」

その一言が何度も何度も繰り返される。私は恐ろしくなり、窓の外を見たが、そこには何も見えなかった。ただ、闇と沈黙だけがそこにあった。

声は寺院の方角から聞こえているようだった。私は思わず立ち上がり、部屋の隅に置かれた小さな仏壇を見た。そこには家族の写真が飾られていたが、今夜はその写真が異様に見えた。

結局、その夜はほとんど眠れなかった。朝になってもその声は消えず、昼間も寺院の方から聞こえてくるように感じた。

翌日、私は寺院に足を運んだ。そこは観光地としても有名な場所で、日中は多くの観光客で賑わっている。しかし、私が訪れたのは開門前の早朝だった。寺院の門は閉ざされ、境内は静寂に包まれていた。

僧侶に話を聞くと、驚くべき事実が明らかになった。その寺院では、数年前に若い尼僧が失踪したことがあったという。彼女は深夜の勤行の後、姿を消したまま見つからなかったそうだ。その尼僧の名前を聞いた瞬間、私の背筋が凍りついた。

その夜から、私は寺院の近くでは声を聞かなくなった。しかし、その声は今でも私の中で響いている。あの夜の恐怖は、京都の静かな夜とともに、私の心に深く刻まれている。

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