夜の山道で聞こえるささやき声

心霊

熊本県のとある山奥に、最近では新しい別荘地が開発され、都会から移住してきた人々が増えている。そんな場所で、ある若い夫婦が新たな生活を始めた。

二人は都会の喧騒を離れ、自然に囲まれた静かな生活を夢見ていた。最初の数週間は、鳥のさえずりや風の音だけが彼らの耳に届く素晴らしい時間だった。しかし、ある夜、風の音に紛れて、何かが囁くような声が聞こえてきた。

最初は風の戯れだと思い、気にも留めなかったが、毎晩同じ時刻に同じような声が聞こえるようになると、夫婦の心に不安が芽生え始めた。

夜が更けてもその声は止まず、何かが近づいてくるような感覚に襲われるようになった。夫は勇気を振り絞り、声のする方向へと足を踏み出した。

山道を進んでいくと、古びた祠が見えてきた。その前には何もないはずなのに、はっきりと聞こえる声がそこから発せられているようだった。夫は震えながら祠を調べたが、何も見つからない。

翌日、地元の古老に聞いてみると、その祠は戦時中に亡くなった多くの兵士の霊を鎮めるために建てられたものだという。戦争の終わりと共に、そこでの慰霊活動も途絶え、忘れ去られた場所となったのだ。

古老は、「その声は、忘れられた彼らの嘆きかもしれない」と静かに語った。その夜から、夫婦は祠の前に小さな供物を置くようにした。

しかし、声は止まなかった。むしろ、時には声に名前を呼ばれているような気がするようになった。ある夜、妻が声に引き寄せられるように祠へ向かった。彼女は祠の前で立ち尽くし、耳を澄ますと、声は彼女の耳元でささやいているかのようだった。「ここに来てくれてありがとう…」

妻は恐怖で足がすくんだが、何かを感じ、祠の裏側を調べた。そこには、古い手紙が埋まっていた。手紙には、戦友への想いや家族への未練が綴られていた。

その日から、夫婦は定期的に祠を訪れ、手紙を読み上げ、供養を続けた。声は徐々に聞こえなくなり、代わりに山の静寂が戻ってきた。

しかし、完全に声が消えたわけではなかった。時折、静かな夜に耳を澄ますと、まるで友好的なささやき声がそこにいることを感じさせる。夫婦は、今ではこの地に住むことに恐怖を感じず、むしろその声を守るかのように生活を続けている。

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