ある日のこと、田舎町に住む一人の青年にとって、何気ない日常は突如として終わりを告げた。
彼は夜道をひとりで歩いていた。秋の風がそよぎ、落ち葉が足元でサクサクと音を立てる。月の光だけが頼りの暗闇の中、青年の心にはこの静けさが何故か居心地の悪さを与えていた。
突然、彼の目の前に一人の老婆が現れた。彼女は白髪が乱れ、目は黒く深く沈んでいた。老婆は何も言わずに青年の手を握り、強く引っ張った。驚いた青年は抵抗しようとしたが、その手はまるで鉄のようで、どうすることもできなかった。
老婆に連れられて進むうちに、周囲の景色が変わり始めた。木々が歪み、遠くから聞こえるはずの川の音が近づいてくる。そして、彼らは古びた神社の前に立っていた。しかし、その神社は見覚えのないものだった。
「ここはどこだ?」青年が声を上げると、老婆は初めて口を開いた。「ここは、生と死の境目。あなたはもう戻れない。」
青年の恐怖は極限に達した。逃げようと足を踏み出すが、身体が重く、まるで水の中を歩くようだった。突然、目の前の空間が裂け、そこから無数の手が伸びてきた。その手は青年の体を引きずり込もうとしていた。
「助けて!」彼は叫んだが、声はどこへも届かなかった。やがて、青年の意識は薄れ、目の前が真っ暗になった。
しかし、物語はここで終わらない。彼が気づいた時、彼は病院のベッドの上にいた。医師たちが慌ただしく動き回り、救急車のサイレンが遠くで聞こえていた。
「君は交通事故に遭って、意識を失っていたんだ。心臓が止まって、臨死体験をしたらしい。」医師が説明した。それでも、青年の心に残る恐怖は消えなかった。老婆の目や、闇から伸びる手の感触は、今でも彼の夢に現れる。
その後、彼は生きることの不思議と恐ろしさを深く感じ、日常のひとときひとときを大切にするようになった。しかし、時折、夜道を歩くと、あの老婆の影をちらりと見ることがある。そして、青年の心は再び恐怖に引き戻されるのだった。