明治の北海道、開拓の最中であってもなお、自然はその厳しさを失っていなかった。山々は重なり、深い森は人間の足を阻むかのように広がっていた。そんな中、ある開拓者の村で、不可解な出来事が起こり始めた。
村の外れに住む一人の男が、夜な夜な異様な音を聞くようになった。最初は風の音かと思ったが、それは規則正しく、まるで何かが近づいてくるような、足音にも似ていた。男は誰にもその話をしなかったが、次第に村人たちもその存在を感じ始めるようになった。
ある晩、村の中心部で集会が開かれていた時、突然、灯りが消えた。暗闇の中、誰かが「来た」と呟いた瞬間、外から聞こえるはずのない、遠くから近づいてくるような足音が聞こえた。村人たちは一斉に外を見たが、何も見えなかった。しかし、その音は確かに存在し、彼らを恐怖に陥れた。
翌朝、村の外れの小川に、一人の村人が倒れているのが見つかった。驚くべきことに、その人には傷一つなく、ただ静かに息を引き取っていた。その顔には恐怖と驚愕が刻まれていた。
村人たちはこれを異界からの訪れと考えるようになった。特に、男はその音を聞くたびに、村を出ようと決意していた。しかし、彼が村を出る前に、またしてもあの足音が聞こえた。
男は勇気を振り絞り、音の出所を探しに森に向かった。深い闇の中、男は一つの洞窟を見つけた。その洞窟から聞こえるのは、今まで聞いたことのないような、しかし確かに人間のものではない、奇妙な囁き声だった。
男が洞窟に入ろうとしたその時、彼の後ろから何かが飛び出してきた。それは光を反射する黒い影であり、男はそれに触れる前に気を失った。
目覚めた時、男は自宅のベッドにいた。周りには何も変わった様子はなく、ただ一つ、窓の外から聞こえる風の音だけが、夜の静寂を打ち破っていた。しかし、その風の音は、まるであの足音のように聞こえ、男は二度とその洞窟には近づかなかった。
村人たちは次第にその出来事を忘れていったが、村の外れに住む者は、未だに夜になると、あの足音を耳にするという。そして、誰もが知っているように、異界との境界は薄く、特に夜の闇の中では、その境界がなくなることがあると伝えられている。