20年前のある秋の夜、私は宮城県の山奥にある小さな集落に住んでいた。
その日は、秋祭りの翌日で、村は静寂に包まれていた。私は祭りの片付けを終え、自宅へと戻る途中だった。夜空には満月が浮かび、道を照らしていたが、森の奥から吹く風がなぜか肌寒く感じられた。
帰り道、私はいつもの小道を歩いていた。そこは森に囲まれた細い道で、一歩足を踏み外すとすぐに木々や茂みの中へと落ちてしまう。突然、私の背後から聞こえる足音がした。最初は自分の足音だと思ったが、そのリズムが異なることにすぐに気づいた。
振り返ると、誰もいない。だが、足音は止まず、次第に近づいてくる。私は心臓が喉まで上がるのを感じながら、急ぎ足で家に戻ろうとした。しかし、その足音は私が速く歩けば歩くほど、同じ速度で追ってくるようだった。
家にたどり着くまで、私は一度も振り返ることができなかった。鍵を開けて部屋に入り、ドアを閉めると、足音はぴたりと止まった。しかし、安心する間もなく、窓の外からその足音が再び聞こえてきた。
恐る恐るカーテンを開けると、そこには何も見えなかった。だが、足音は確かに存在し、まるで見えない何かがそこに立っているかのようだった。
その夜、私は一睡もせず、朝まで足音に怯えていた。翌朝、村の長老にその話をすると、彼は顔色を変えて言った。「あれは森の妖怪で、昔からここに住む者にしか聞こえない。あの足音は、地元の人間にしか見えない形で現れるんだ。」
その後、私は何度もその足音を聞くようになった。特に秋の深まる夜、満月の下では必ず聞こえた。私はその足音と共存することを学び、ある意味でその存在を尊重するようになった。
しかし、ある夜、私はその足音に導かれるように森の奥へ進んでいった。そこで見たものは、生涯忘れられない。月明かりに照らされた場所に、ぼんやりと人間の形をした何かが立っていた。影のようなそれは、私を見つめ、そして静かに森の中へ消えていった。
それ以来、私はあの足音を聞くことはなくなった。だが、秋の夜、満月が昇る時には、今でも森の方を見つめてしまう。あの夜の恐怖と、妖怪の存在を思い出すからだ。