神奈川県の、とある小さな町で、今から数年前の話だ。
秋の終わり、夜が深まる頃、大学生の彼は友人と遊び終えて自宅へと帰る途中だった。街灯の少ない道を歩きながら、ひんやりとした風に少し身を震わせていた。
彼の家まではまだ距離があり、途中には無人のバス停が一つだけあった。そのバス停は、誰も待つことのない、古びた木製のベンチと、錆びついた時刻表が残るだけの場所だった。
その夜、彼はそのバス停の前を通り過ぎようとしたとき、何かが目に留まった。バス停のベンチに、一人の女性が座っていた。彼女は黒いコートを着ており、顔はうつむいて見えなかった。
彼は一瞬、彼女が友人かもしれないと考えたが、よく見るとその顔は見覚えのないものだった。ただ、彼はその女性が何かを待っているように見えたので、何気なく声をかけた。
「こんな時間にバスを待ってるんですか?」
だが、彼女は何も答えず、ただ静かに座っていた。少し気味悪く思いながらも、彼はその場を離れようとした。しかし、数歩進んだところでふと振り返ると、彼女の姿が消えていた。
彼は驚いて再びバス停に戻ったが、そこには誰もいなかった。周囲を見回しても、人影一つない。寒気が全身を走り、急いで家に戻った。
翌日、彼は友人にその話をしたが、皆は冗談だと思って笑った。しかし、数日後に再びそのバス停を通った彼は、再びその女性を見た。
今度は彼女が手に何かを持っていることに気付いた。それは、古びた時計だった。彼女はそれをただじっと見つめていた。彼は恐る恐る近づき、今度はもっと明確に確認しようとしたが、またもや彼女は消えた。
その後、彼はそのバス停の近くで聞いた話から、かつてその場所で事故があったことを知った。数年前、そこで一人の女性がバスを待っている間に、急に現れた車にはねられ、亡くなったという。彼女はバスを待つ直前まで、自分の時計を見ていたそうだ。
それ以降、彼はそのバス停を避けるようになった。しかし、時折、夜の静けさの中で、彼女の姿を見ることがある。彼女は今もなお、誰かを、何かを待っているかのように、時計を手にしているのだ。
その話を聞いた人は、夜のバス停に立ち寄ることを恐れ、皆がその話を語り継ぐようになった。だが、その話の真実は、彼らには永遠に謎のままだ。