秋の夜長、校舎の窓から風が吹き抜ける音が聞こえる季節だった。私が通っていた中学校は、秋田県の田舎町にあった。辺りは山に囲まれ、夜になると街灯もまばらで、闇が深く、静けさが増す場所だった。
それは今から30年前の秋、私が中学三年生の時のことだ。学校では文化祭の準備が進んでいたが、一方で、その夜の出来事が誰もが忘れられない恐怖を植え付けることになるとは、誰も思わなかった。
ある日、放課後の校舎でひとり残って、私は美術部の作品の仕上げをしていた。周りは静まり返り、時折聞こえるのは廊下を走る風や、遠くの教室から響く掃除の音だけだった。そんな中、ふと、足音が聞こえた。
最初は「誰かがまだ学校にいるんだな」と思った。だが、その足音はどこか異様だった。規則正しく、しかも、どこからともなく聞こえる。私は仕事を中断し、耳を澄ませた。足音は近づいてくるようで、しかし、決して私のいる部屋には到達しない。
部屋の外に出てみると、廊下には誰もいなかった。ただ、足音だけが続いている。冷や汗が流れる中、私は音の源を探すことにした。
校舎は二階建てで、私がいたのは二階だった。足音は一階の方から聞こえるようで、階段を降りてみた。だが、下に着くと、足音は今度は二階から聞こえる。まるで私を弄ぶかのように、足音は追いかけっこを始めた。
恐怖が頂点に達した時、突然足音が止まった。私は息を殺して、静寂を待った。そして、また足音が始まった。今度は、私のすぐ背後から。振り返ることもできず、ただ立ちすくむしかなかった。
その時、校舎の照明が一斉に点滅し、暗転した。そして、闇の中から、ひそひそと囁く声が聞こえた。「帰りなさい…」と。
その瞬間、私は逃げるように校舎を飛び出し、自宅まで一目散に走った。家に着いても、まだ鼓動が止まらないほどの恐怖だった。
次の日、学校に行くと、昨夜の出来事を話す勇気も出ず、ただ黙って過ごした。だが、その日以降、何人かの生徒や先生が、放課後や夜遅くに同じ足音を聞いたと話し始めた。特に、美術室の近くでその足音がよく聞こえるという。
その怪奇現象は、数週間続いた後、唐突に終わった。しかし、その足音の正体は誰にもわからなかった。ある人は「幽霊だ」と言い、別の人は「風の音がそう聞こえただけ」と主張したが、結局、謎のままだった。
今でも、秋の風が吹くと、あの時の足音が脳裏に蘇る。そして、私はあの学校の闇に何が潜んでいたのか、知りたくもないし、知る必要もないと感じる。ただ、あの夜の恐怖は、私の人生に深く刻まれた一夜だった。