二十年前のことだ。富山県の片田舎に住んでいた私は、夜の山道を歩くことが日常の風景となっていた。ある晩、仕事から帰るのが遅くなり、真っ暗な夜道を一人で歩いていた。
山道は静寂に包まれ、月明かりだけが頼りのような道だった。風もなく、木々のざわめきさえ聞こえないあの夜、突然、背後からかすかな声が聞こえた。「助けて…」と。
心臓が跳ね上がり、振り返ったが、そこには誰もいなかった。ただ闇だけが広がっている。私は急いで歩を進めたが、その声はしばしば聞こえ続けた。山道の曲がり角を過ぎる度に、「助けて…」という声が耳元でささやくかのようだった。
その後も、何度かその声を聞いた夜があった。特に雨の降る夜は、その声が一段と強く聞こえた。私は友人にこの話をしたことがあったが、彼は笑いながら「山の精が遊んでるんじゃないか?」と冗談を言った。しかし、その冗談も気味が悪く感じられ、一人で夜道を歩く恐怖が増した。
ある日、家族で山歩きをしていたとき、以前聞いた声の近くで、古い墓を見つけた。それは山道から少し外れた場所にあり、しばしば人々が通らない場所だった。墓の碑には、何年も前にこの地で亡くなった若い女性の名前が刻まれていた。彼女は山で遭難し、助けを求めながら命を落としたという地元の伝説があった。
それ以来、私はその声を聞くたびに、その女性の最期の瞬間を想像するようになった。彼女は救いを求め続け、助けられずにこの世を去ったのだろうか。そして、私が聞いた声は、その彼女の魂の叫びだったのだろうか。
時が経ち、私はその土地を離れたが、夜の静けさの中で聞こえるあの声は、今でも時折、夢の中で聞こえる。特に秋の夜長が深まる頃、風が木々を揺さぶる音と混じり、私を恐怖の淵に引き戻すのだ。