20年前の秋のある夜、私は徳島県の山奥にある古い民家に住んでいた。
その家は先祖代々のもので、年季の入った木造建築だった。周囲には人家が少なく、夜になると静寂に包まれる。その静けさの中で、時折聞こえる不思議な音や声には何度も驚かされたが、その中でも特に忘れられない体験がある。
ある夜、就寝前に窓を開けていた。秋風が冷たく、外の森から聞こえる虫の声が心地よかった。だが、その夜は違った。
深夜の2時頃、突然、耳元で低く、しかしはっきりとした声が聞こえた。「誰かいるのか?」と。
最初は夢かと思ったが、目を覚ますとその声はまだ続いていた。窓の外を見ても、月明かりしかない中、人の姿はなかった。心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。
声は続いた。まるで部屋の中にいるかのように、「ここにいるんだ」と言うのだ。怖くなり、布団をかぶって耳を塞いだが、声は布団を通しても聞こえた。
その声は一晩中続き、朝方になっても止まなかった。朝になってようやく勇気を振り絞り、家の中を調べたが、誰もいなかった。
それから数日間、特に夜になるとその声が聞こえるようになった。友人に相談すると、「昔、この地で行方不明になった人々の霊だと言われている」と教えてくれた。
その話を聞いてから、私は家の中で一人になるのを恐れるようになった。特に夜になると、家のどこかから聞こえる微かなささやき声が恐怖を煽る。
ある晩、再びその声が聞こえた時、思い切って声の方向に向かって話しかけた。「何が欲しいんだ?」と。すると、声は一瞬止まり、後には沈黙しか残らなかった。
しかし、その沈黙は次の恐怖の始まりだった。声が消えた後、家のあちこちから物音が聞こえ始めた。足音、扉の軋む音、そして何かが壁を擦るような音。
恐ろしさのあまり、私はその家を出る決心をした。翌朝、荷物をまとめ、友人の家に泊まることにした。それから数週間、家には戻らなかった。
だが、引っ越し先でも時折、その声が聞こえるようになった。まるで私を追いかけてくるかのように。
今でも何度かあの声を聞くことがある。特に秋の夜、風が強く吹く時には、あの不気味なささやきが耳元で再び聞こえるのだ。あの家に残された何かが、私を決して忘れないように付け狙っているかのようだ。