大正のある冬の晩、寒さが身に染みるような夜だった。山間の小さな村では、雪が降り積もり、静寂が辺りを包んでいた。ある若者が、ひょんなことから村の古い民家に泊まることになった。
その家は、長い間放置されていたのか、埃が積もり、木の軋む音が常に聞こえてくる。部屋の中央には古い囲炉裏があり、火を灯すと、一瞬だけ温かさが広がった。しかし、夜が更けるにつれて、異変が起き始めた。
若者は、囲炉裏の火の光が揺れる中、何かが部屋の隅からこちらを見つめている気配を感じた。恐る恐る見ると、そこには何もなかった。だが、次第にその存在感が強くなり、彼は恐怖から逃れるためにもう一度火を強くした。
しかし、火が強くなると、壁に映る影が大きくなり、まるで何かの形を取り始めるように見えた。それは、人ではない何か、恐ろしくも見慣れない形だった。心臓が早鐘を打ち、息が詰まるような感覚に襲われた若者は、ついにその影に目を凝らすと、それは一人の老婆の形をしていた。
老婆は微笑みながら、彼を見つめていたが、その表情は寒々しく、目は空虚だった。彼女はゆっくりと彼に向かって手を伸ばし、何かを囁くように口を動かした。聞き取れない低い声だったが、その瞬間、若者は全身が凍りつくような恐怖を感じた。
逃げようとしたが、足が動かない。視線を逸らすこともできず、ただ老婆の目を見つめていた。その目は、今にも彼を引きずり込もうとするかのようだった。そして、突然、部屋の温度が下がり、囲炉裏の火が一気に消えた。
暗闇の中で、彼は何かが自分の身体を引きずる感覚を覚えた。意識が遠のく中、若者は自分が臨死状態に陥っていることに気づいた。死後の世界がどういうものか、あるいはこの世から引き剥がされる恐怖を感じながら、深い闇に落ちていった。
翌朝、村人たちがその家に訪れた時、若者は見つからなかった。ただ、囲炉裏の前には、若者が履いていたはずの靴が一つだけ残されていた。それを見た村人たちは、古い伝説を思い出し、黙って村を去った。伝説では、その家にはかつて臨死体験をした者が出たとされ、彼らは二度とこの世には戻ってこないとされている。
今でも、その家は立ち入り禁止とされ、近づく者に何かが起こるという噂が絶えない。