夜の訪問者
香川県のとあるマンションの一室で、一人暮らしをしていた私は、最近になって夜中に不思議な現象に悩まされていた。最初は風の音かと思っていたが、次第にそれが足音に似ていることに気が付いた。静寂に包まれた部屋で、確かに誰かの足音が響いているのだ。
ある夜、私はその音を追ってみようと決心した。時刻は午前2時過ぎ、周りの部屋からは一切の生活音が消えていた。私は息を殺し、ベッドから抜け出して音の出所を探しに行った。音はリビングから聞こえていた。
リビングのドアを開けると、そこには何もいないはずの空間が広がっていた。しかし、足音は依然として途切れることなく続いている。私は恐る恐る電気をつけた。
電気がつく瞬間、目の前に何かが立っているような感覚に襲われた。だが、何も見えない。ただ、冷たい空気が部屋中に満ちていた。急に怖くなり、リビングから逃げるように自分の部屋に戻った。
それ以来、毎晩同じ時間に足音が聞こえるようになった。私はその音に慣れようと努めたが、どうしても慣れなかった。ある晩、私は思いついて、部屋のあちこちにカメラを設置した。翌朝、映像を見返すと、そこには信じられない光景が映っていた。
夜中の2時頃、リビングに何もない空間が歪んでいるように見えた。そして、その歪みから何かが出てくる。完全な形ではないが、人間のような影が部屋を歩き回り、そして再び歪みの中に消える。映像はそこで終わっていた。
その夜から、私は部屋に閉じこもるようになり、友人にも相談する勇気が出なかった。ある日、友人が我慢できずに訪ねてきた。私はその友人に映像を見せた。友人は驚き、しかし同時に、何かを知っているかのような表情で言った。「これ、もしかして…」
友人の話によると、数年前にそのマンションで若い女性が自殺したことがあったという。彼女は何者かに追い詰められたかのように見え、死後もその「何者か」が部屋に残っていると言われていた。
その話を聞いてから、私はますます恐ろしくなった。夜の訪問者は、もしかすると彼女が追い詰められた「何者か」なのかもしれない。私は引っ越しを決意し、荷物をまとめ始めた。
引っ越しの日、荷物を運び出す際、ふと振り返ると、リビングの向こうに見覚えのない人影が立っていた。だが、次の瞬間には何もなくなっていた。
新しい部屋に引っ越してからも、時折足音が聞こえる気がする。しかし、それがただの幻聴か、本当に「何か」が追いかけてきているのかは、もう二度と確かめることはできないだろう。