数年前のある晩、愛知県のとある山奥にある古い民家で、若い男性が臨死体験をした話が伝えられている。
彼は仕事で疲れ果てていたため、その日も早々に床に就いた。しかし、夜半に突然の腹痛で目が覚めた。痛みは一向に引かず、冷や汗をかきながらも自力で病院に向かおうとしたが、体が思うように動かない。
気がつくと、彼は自宅の天井付近に浮かんでいた。自分の身体を見下ろすと、そこには苦しむ自分の姿が横たわっていた。彼は驚きと恐怖で何も考えられず、ただその光景を見つめていた。
その時、部屋の隅から異様な冷気が漂ってきた。見ると、そこには黒ずんだ、まるで煙のような存在が揺らめいている。近づくにつれて、その存在は人間の形を取り始め、顔が徐々に見えてきた。だが、その表情は何一つ感情を表しておらず、ただ空洞のような目が彼を見つめていた。
「やっぱり、ここが終わりなのか…」と、彼は心の中でつぶやいた。
その存在はゆっくりと彼に近づき、手を伸ばすと彼の肩に触れた瞬間、周囲の風景が一変した。そこは無数の光が舞う、まるで宇宙のような空間だった。しかし、その光は美しいだけではなく、どこか冷たく、寂しげな雰囲気を漂わせていた。
彼はその空間で、自分の人生を振り返る。幼少期から青春期、そして仕事に追われる日々。後悔と未練が次々と頭をよぎる中、一つの光が彼の目の前に差し出された。それは、彼が生きていた世界に戻るための道だった。
しかし、その光を掴む前に、再びあの黒い存在が現れた。今度はその存在が言葉を発した。「本当に戻りたいのか?」恐る恐る頷く彼に対し、存在は「戻れば、また苦しみが待っている。ここに留まれば、すべての苦痛から解放される」
彼は迷った。生きる苦しみと、死の静けさ。何を選ぶべきかわからないまま、彼は「戻る」と答えた。
次の瞬間、彼は自宅のベッドに戻っていた。腹痛はすでに収まっており、まるで夢だったかのように感じたが、部屋の隅に残る冷気だけがその体験の真実味を証明していた。
それ以降、彼は毎晩その冷気を感じるたびに、あの空間の光と闇を思い出すようになった。そして、自分が再びあの世界に引き戻されるのではないかという恐怖に苛まれた。
彼はこの体験を誰にも話さず、ただ一人でその恐怖と闘い続けた。だが、その体験は彼の人生に深い影を落とし、生と死の境界について考えさせ続ける日々が続いた。