香川県のある小さな村では、今から数十年前、ある不可解な現象が起こっていた。村の奥にある古びた神社に近づくと、夜になると不思議な音が聞こえると言われていた。
その神社は、かつて村の守護神として信仰されていたが、戦後の混乱期に一度も祭りが行われなくなり、荒廃していた。村人たちはその神社に近づくことを避けていたが、ある若者が好奇心からその神社を訪れることになった。
この若者は、大学生で夏休みを利用して、郷土の歴史を調査するために村に戻っていた。彼は昼間、神社の周りを散策し、古文書を調べていたが、特に何も見つからなかった。夜になっても興味を失わず、神社の境内で夜景を撮影しようとした。
しかし、カメラを構えていたその瞬間、突然、風もないのに木々が揺れ始め、遠くから低く、しかしはっきりと人の声のようなものが聞こえてきた。最初は「ただの風だろう」と思ったが、その声は徐々に近づいてきて、まるで耳元でささやくかのように感じた。
「帰れ」
その一言だけが何度も繰り返された。恐ろしさに震えながらも、彼はカメラを構え直し、何かを記録しようとした。だが、次の瞬間、目まいがして意識を失ってしまった。
目覚めた時、彼は自宅のベッドの上にいた。家族は彼が神社から戻ってこないことを心配し、探しに出ていたところ、彼が倒れているのを見つけたのだという。
その後、彼は神社の近くに行くことを避けるようになったが、何かが彼を追いかけているような感覚に常に苛まれていた。夜中に目が覚めると、部屋の隅に何かが立っているような気配を感じ、寝返りを打つたびに背後に誰かがいるような錯覚に悩まされた。
村の年寄りたちは、神社に封じられていた古い怨念が、荒廃と共に解放されたと噂していた。その怨念は、特に若者や好奇心旺盛な者を狙うと言われていた。
数年後、彼は村を離れたが、その恐怖の記憶は彼を一生離さなかった。友人や知人にその話をすると、誰もが一様に眉をひそめ、信じられないといった顔をする。しかし、彼の心には深く刻まれた恐怖が、夜ごとにその話を再現するかのように繰り返されていた。
今でも、その神社は荒れ果てたまま存在し、村人たちは暗黙の了解でその場所には近づかない。ただ、その怨念が消えたかどうかは、誰にもわからない。