30年前、石川県のある小さな山村で、冬の厳しい寒さが村を覆っていた。雪が深く積もり、村人たちは早々に夜の帳を引いて暖を取る日々だった。
その村には、一軒の古い民家があり、そこに住む老夫婦は、村の歴史と共に生きてきた。二人は子宝に恵まれず、代わりに村の子供たちを可愛がってきた。だが、その優しさは、ある日を境に恐ろしい噂話へと変わった。
ある晩、村の子供たちが集まって遊んでいた時、老夫婦の家の裏庭から聞こえる奇妙な音に気づいた。最初は風の音かと思ったが、よく聞くとそれは人の声、しかしどこか異常な、喘ぎ声にも似たものだった。子供たちは好奇心からその声の元へ近づいた。
そこには、古びた井戸があった。老夫婦が使わなくなったとされていたその井戸から、間歇的に声が聞こえてくる。子供たちは恐れをなし、その場を逃げ出したが、話は村中に広がった。
数日後、村の若者が勇気を出して井戸を調べに行くことにした。井戸の底に何かがいるかもしれないという噂が、村の誰もが口にする恐怖へと変わっていた。ロープを下ろし、懐中電灯の光を照らすと、そこには…何も見えなかった。しかし、光が消えた瞬間、再びその声が聞こえた。
その若者は、何も見つけられずに帰ってきたが、その夜から悪夢を見始めた。夢の中で、彼は井戸の中に引きずり込まれ、闇に包まれながら、声の主と対面する。声は彼を呼んでいた。
村は次第に変わっていった。井戸を見た者、声を聞いた者は、次々と奇妙な行動を取り始めた。ある者は夜中に家から出て行方知れずとなり、ある者は突然に狂気じみた笑いを始めるようになった。
老夫婦もまた、この異常事態から逃れられず、ある朝、家の中で異常な形で発見された。二人は狂気に取りつかれたように、全ての窓を塞ぎ、家の中で自害していた。そして、彼らの遺体から出た声は、まさに井戸から聞こえていたものと同じだった。
井戸は最後には封印され、村人たちはその話を語ることを禁じられた。しかし、時折、深夜にその場所に近づくと、まるで何かが呼んでいるかのような声が聞こえることがあるという。
今もその村は存在し、冬の夜、雪が積もる中で、誰もが耳を澄ます。恐れながらも、その声を聞こうとするかのように。それは、かつて誰かが聞いた、闇に潜むものの存在を示す恐怖の証明だ。