闇に引きずり込まれる恐怖

実話風

その夜は、月も星も隠れて、まるで世界のすべてが闇に包まれているようだった。

私は、大学の研究で長野の山奥に来ていた。目的は、地元の伝説や怪談を集めること。だが、その夜は、私自身が怪談の主人公になろうとは思ってもいなかった。

宿泊していたのは古い民宿で、木造の建物は時代遅れの香りを漂わせていた。部屋に通されると、そこは質素なものばかりだったが、窓から見える山々のシルエットが、どこか不気味な存在感を放っていた。

研究の合間、地元の人たちから聞いた話が頭から離れなかった。特に、ある老人が語った「山の影」の話。夜、一人で山に入ると、影が自分とは別の意志を持ち、引きずり込んでしまうというものだった。

夜が更けて、皆が寝静まった頃、窓の外から何かが覗いているような気配を感じた。カーテンを閉めていたのに、風もないのに動くカーテン。恐る恐る見てみると、そこには何もなかった。だが、その瞬間から、私の影が妙に動き出すのを感じた。

部屋の灯りを消すと、影が壁に映される。だが、私の動きとは違う。まるで自分で意志を持っているかのように、ゆっくりと部屋の隅へ移動していく。私は恐怖で動けなかったが、影が動く音さえ聞こえる気がした。

耐えきれずに電気をつけると、影は元の位置に戻った。しかし、その一瞬の恐怖は、私を震え上がらせた。夜が明けるまで、灯りを消すことはできなかった。

朝、宿を出る際、主人に昨夜のことを話すと、彼は苦笑いしながら、「山の影は本当にいるんですよ」と言った。そして、「あなたが見たのは幸運だった。引きずり込まれなかったから」と続けた。

その日から、私は山に近づくことを恐れるようになった。研究を終えて都市に戻った今も、夜になると自分の影に目をやる。あの夜の恐怖は、今でも私の心を締めつける。

山の影は、どんな形であれ、私たちを引きずり込もうとする。闇が深ければ深いほど、影の力も増す。あの夜、私は闇に引きずり込まれる寸前だったのかもしれない。

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