夜の山道に響く声

怪談

令和のある秋の夜、鳥取県の山奥にある小さな集落で一人の男性が恐怖を体験した。

その日、仕事の都合で遅くまで残業した彼は、普段は避ける暗い山道を通り抜けなければならなかった。車のヘッドライトしか光源のないその道は、深い森に囲まれ、夜の静寂を切り裂くように続いていた。

彼は運転しながら、ラジオをつけようと手を伸ばしたが、静かな夜の空気を邪魔するような音は聞きたくなかった。しばらく進むと、不意に車のエンジン音以外に何かが聞こえた。それは遠くから聞こえるかすかな歌声だった。

「何だろう?」と彼は思った。道路の脇に目をやると、そこには何も見えない。ただ、深い闇と木々の影があるだけだ。しかし、その歌声は次第に近づいてくるようだった。

歌は不思議と古風で、どこか哀しげな旋律だった。男性はその声に引き寄せられるような感覚を覚えつつも、恐怖を感じ始めていた。速度を上げようとしたが、なぜか足が鉛のように重く、ペダルに力を入れられなかった。

歌声は今度は彼の車のすぐ近くで聞こえ始め、まるでその歌が彼を待っていたかのように響いた。窓の外を見ると、そこには幼い子供が立っていた。驚いたことに、その子供は古い時代の服装をしており、白い顔に黒い目が不気味に光っていた。

彼は思わずブレーキを踏んだが、車は滑るように止まらず、さらに進んでしまった。子供は何も言わず、ずっと歌い続けていた。その歌声はまるで呪いのように、男性の心を締め付け、恐怖と絶望を植えつけた。

やがて、子供の姿は消え、歌声も遠ざかっていった。男性はその瞬間、全身から力が抜け、震えが止まらなかった。どうにか集落までたどり着き、そこで一晩を過ごすことにした。

翌朝、彼は近所の人にその話を聞かせた。すると、集落の年寄りの一人が言った。「ああ、あの山道には昔、疫病で亡くなった子供の霊が出ると言われているんだ。お前が聞いた歌は、その子が生前よく歌っていたものだってさ。」

その話を聞いた男性は、二度とその道を通ることはなかった。以来、彼は夜の闇に包まれた山道を避け、昼間にしかその道を通らなくなった。だが、その歌声と白い顔を持つ子供の姿は、彼の夢の中に何度も現れ、恐怖の記憶として刻み込まれた。

今でも、彼はその夜のことを思い出すと、全身に冷たい汗が流れ、心臓が早鐘を打つのを感じる。それは、彼が体験した恐怖の証であり、決して忘れることのできない生々しい記憶だった。

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