島根の山間部にある小さな村には、令和の時代でもなお、古い伝説が色濃く残っている。秋の夜長が深まる頃、その村では一つの出来事が語り継がれていた。
ある晩のこと、村の若い女性が、深夜の散歩に出かけた。彼女は仕事から帰ると、頭を整理するため、よく夜の道を歩いた。それは、村の外れにある古い神社に続く道だった。
その夜は月がなく、星も雲に隠れ、街灯もない道は真っ暗だった。彼女はスマートフォンのライトを頼りに歩いていたが、突然、霧が立ち込めてきた。白い霧はまるで生き物のように彼女の周りを包み込んでいった。
彼女は道に迷うことなく神社までたどり着いたが、そこには誰もいないはずの、赤い着物を着た小さな少女が立っていた。彼女が近づくと、少女は無表情に「おねえさん、この道を帰ってはいけないよ」とささやいた。心臓がドキリと跳ねたが、彼女は笑って「大丈夫、ここは私の村だから」と答えた。しかし、その瞬間、少女は霧の中に消え、辺りは再び静寂に包まれた。
帰り道、彼女は見知らぬ道を歩いていることに気づいた。家への道が見つからない。彼女の携帯電話はバッテリー切れで、助けを呼ぶこともできなかった。恐怖に駆られる中、彼女は一軒の古い家を見つけた。戸は開いていた。
中に入ると、そこはまるで時間が止まったかのような家だった。古い家具、埃をかぶった写真、そして、部屋の中央には白い着物を着た老婆が座っていた。老婆は微笑みながら「お待ちしておりました」と言った。彼女は驚き、逃げようとしたが、足が動かなかった。
老婆はゆっくりと立ち上がり、「この家はあなたを待っていたのです。ここで、一緒に暮らしましょう」と言った。その言葉に、彼女は異常な安堵感を覚えた。だが、その安堵感が奇妙なことに気づかせる。彼女は、そこに来たことがあるような気がした。そう、この家は彼女の夢の中で何度も見ていた家だったのだ。
朝が来るまで彼女はその家に留まった。夜明けと共に、彼女は目を覚ました。だが、そこは自分のベッドだった。昨夜のことは夢だったのか、それとも現実だったのか。彼女は恐怖と混乱の中で新たな一日の始まりを迎えた。
その後、彼女は村の人々に昨夜のことを話したが、誰もが驚いた表情で、「その家は何十年も前に焼けてなくなった」と言った。そして、赤い着物の少女の伝説も、彼女が見たものと同じだった。村では、霧の夜に道に迷った者が、その少女に会うと、二度と戻ってこないという。
今もその村では、霧の深い夜に外出することは避けられ、霧の夜の怪は、令和の時代にもなお、村人たちの間に恐怖を植え付け続けている。