神奈川県のとある小さな町で、今から10年前に起こったことだ。
ある夜、家に帰る途中だった私は、街灯が点滅する寂れた商店街を歩いていた。空気は冷たく、秋の終わりを感じさせる風が吹いていた。突然、遠くから聞こえてくる足音があった。どくんどくんと、規則正しく、しかし異様に響く音だった。
その足音は誰かの歩みのようで、けれども近づいてくる感覚はなかった。私は立ち止まり、周囲を見回したが、誰もいない。ただ、足音だけが静寂を破るように響いていた。
私は急いで歩き始めたが、その足音もまた速度を上げて追ってくるようだった。心臓が早鐘を打つ中、私は自宅にたどり着き、ドアを閉めるなり振り返った。しかし、窓の外には誰もいない。
その翌日、同じ時間に同じ道を通った。すると再びあの足音が聞こえた。だが、今度は何かに引っ張られるように足取りが重く、振り返る勇気も出なかった。
数日後、友人から聞いた話が私の恐怖を増幅させた。同じ商店街で、数年前に一人の女性が何者かに襲われ、命を落としたという。その事件のあとから、夜になるとあの足音が聞こえるようになったらしい。
恐怖は日増しに大きくなり、私はその道を通るのを避けるようになった。しかし、一度はあの足音と顔を合わせたいという衝動に駆られ、ある晩、再びその道を歩いた。
足音は今度も聞こえたが、何かが違った。音は私のすぐ後ろから聞こえ、振り返ると、そこには一瞬だけ、白いドレスの女性の姿が見えた。彼女は血に染まり、表情は苦痛に歪んでいた。
その瞬間、私は恐怖で声も出ず、走り出した。家に帰り、震えながら身を固くした。以来、その道を通ることはないし、夜はできるだけ外出を避けている。
あの足音は、今も私の心に深く刻まれ、夜になると耳元で再び響く。彼女の魂がまだこの世をさまよい、助けを求めているのか、それともただの私の想像なのかはわからない。だが、あの夜の恐怖は、私にとって永遠のものとなった。