鳥取県の山奥にある小さな村に、一人の若者がひょんなことから移住することになった。
彼は都市部の喧騒から逃れるように、自然に囲まれた静かな生活を求めてこの地を選んだ。村は人口も少なく、年配の住人が多いため、若者にとっては新しい友人を作るチャンスも少なかったが、それでも彼はこの生活を楽しんでいた。
ある晩、彼は村の外れにある古びた神社へ向かう山道を散歩していた。夜の静けさは彼を癒し、木々のざわめきや虫の音だけが聞こえるこの時間が好きだった。
しかし、その夜は何かが違った。風が強まり、木々が激しく揺れる中、遠くからかすかに聞こえる声が彼の耳に届いた。最初は風の音かと思ったが、それは明らかに人の声だった。
「助けて…」
声は切実で、恐怖に満ちていた。若者はその声の方向へ進むことにした。声は徐々に近づいてくるように感じられ、心臓がどきどきと早鐘を打つ音が彼の耳元で響く。
山道の曲がり角を過ぎると、そこには何もなかった。だが、その瞬間、声はさらに強く、そして怒りを含んだものに変わった。
「ここから出して!」
若者は恐怖に駆られながらも、神社に着くまで歩みを止めなかった。しかし、神社に着いても何も見つからなかった。ただ、神社の前に一枚の古い石碑が立っていた。石碑には、過去にこの地で起こった悲劇の記述が刻まれていた。
「明治の時代、この地で一人の女性が山で迷い、飢えと寒さで命を落とした」と書かれていた。その女性がこの声の主なのだろうか?若者はその考えに背筋が凍る思いがした。
帰り道、彼は何度も後ろを振り返った。声はもう聞こえなかったが、どこかから見られているような不気味な感覚が付きまとった。家に戻ると、急いでドアを閉め、鍵をかけた。
それ以降、彼は夜に外出するのを避けるようになったが、時折、夜中に窓の外から微かな「助けて」という声が聞こえてくることがあった。村の人々に尋ねても、誰もその声のことを知らず、ただ怪訝な顔をするだけだった。
数ヶ月後、彼はとうとうその村を去る決心をした。最後の夜、彼は荷物をまとめながら、窓の外を見た。そこには何も映っていなかったが、耳元で再びあの声が聞こえた。
「ここから出して…」
彼は急いで村を去ったが、その声は今も彼の夢に現れることがある。鳥取の山奥に、今もその女性の霊が彷徨っているのかもしれない。