今から30年前のことだった。鳥取県のある小さな山村で、一人の若者がアルバイトで夜間のガードマンをしていた。その村は自然に囲まれ、静寂が深い夜には星の美しさが際立つ場所だった。
その男は毎夜、村の周囲を巡回しながら、静かに過ごしていた。ところが、ある夜から奇妙な現象が始まった。それは、夜中になるとどこからともなく聞こえてくる足音だった。
足音は規則正しく、まるで誰かがゆっくりと歩いているかのように響く。最初は野生動物かと思ったが、その音は明らかに人間のそれだった。男は心配になり、音の出所を探すため、懐中電灯を手に村の外れまで進んだ。しかし、どこを見ても人影はなく、足音だけが空虚に響き続けた。
夜が明けても、その足音は男の頭から離れなかった。翌夜も、またその次の夜も、足音は確実に同じ時刻に聞こえてきた。村人に聞いてみても、誰もその足音の主について知らないという。
ある晩、男は耐えかねて、足音の出どころを突き止める決意をした。彼は足音が最もはっきり聞こえる場所、村の古い墓地の近くで待ち伏せることにした。墓地は昼間でも静かで、夜の闇に包まれたそれは、まるで異界への入り口のようだった。
時間が経つにつれ、足音が近づいてくる。男は息を潜め、懐中電灯を握りしめた。そして、足音が目の前の小道を通る瞬間、彼は光を向けた。
しかし、そこには何もいなかった。ただ、闇が深く、冷たい風が吹き抜けるだけ。男は震えながらも、再び光を巡らせた。すると、墓地の奥から微かな光が見えた。
恐る恐る近づくと、それは墓石の一つから漏れる光だった。近づいてみると、墓石の前に古いランタンが置かれ、その中で小さな火が揺れていた。そして、その傍らには、一冊の古い日記が開かれていた。
男は日記を手に取り、ページをめくった。そこには、かつて村で起きた悲劇が記されていた。ある若い女性が恋人と死別し、その哀しみから自ら命を絶ったという話だった。日記は彼女の最後の言葉で終わっていた。「私はこの村を去る。けれど、私の足音はいつまでもここに残るでしょう。」
男は恐怖と哀しみに打ちひしがれ、日記を元の場所に戻し、ランタンを消した。その瞬間、足音はぴたりと止まった。
以降、その男は村を去った。そして、その足音は今もなお、特定の夜だけ、村の人々に聞こえるという。村では、夜中に墓地に近づくことは禁じられ、今もその怪奇現象は語り継がれている。