闇に響く足音

実話

兵庫県のとある田舎町に、今から数年前の秋のことだ。ある若者が、初めて一人暮らしを始めたアパートに引っ越してきた。

そのアパートは古く、壁は剥がれ、窓枠は腐食していたが、家賃が安かったので彼は文句を言わずに住み始めた。初日は荷物の整理に追われ、夜遅くまで働いていた。

夜が深まり、辺りが静寂に包まれた頃、彼はようやくベッドに横たわった。しかし、その時、遠くから聞こえるような、しかし確実に近づいてくる足音が耳に届いた。コツ、コツ、コツ…。

最初は隣の部屋の住人が帰ってきたのだろうと思ったが、音は止まず、彼の部屋のドアの前まで来るとピタリと止まった。息を殺し、耳を澄ませる彼。だが、再び足音は動き出し、今度は彼の部屋の廊下を歩き始めた。

心臓が早鐘を打ち、体が震え始めた。彼は恐る恐るドアを見つめた。だが、足音は彼のベッドの横まで来ると、そこで止まった。

「誰?」と小さく声をかけたが、返事はない。ただ、冷たい空気が部屋に広がるだけだった。

その夜は一睡もできなかった。翌朝、彼は近所の人にその話をしてみたが、みんなが怪訝な顔をした。「ここには誰も住んでいないはずよ」と一人のおばあさんが言った。

数日後、図書館で町の歴史を調べてみると、数年前にこのアパートで一人の女性が自殺したことが分かった。彼女は夜な夜な歩き回り、自分の死を嘆くように足音を残していたという噂があった。

彼はその話を聞いて、恐怖で身を震わせた。そして、ある晩、またあの足音が聞こえた。コツ、コツ、コツ…。今度はベッドの下から聞こえてくる。

彼は勇気を振り絞り、ベッドから出て懐中電灯で下を照らした。そこには、何もなかった。だが、その瞬間、背後から冷たい息がかかった気がした。振り向くと、そこには何もいなかったが、彼は確かに存在を感じた。

それから数週間、彼は毎晩足音に悩まされ、精神的に追い詰められていった。そして、ある夜、彼が完全に疲れ果てて眠りに落ちた時、夢の中でその女性に会った。彼女は悲しそうに笑い、何かを訴えていた。

目覚めると、足音は聞こえなくなっていた。彼はその後、アパートを引き払い、別の場所で新しい生活を始めた。だが、彼の心にはいつまでもあの足音が響いている。その足音は、彼がそのアパートで体験した恐怖を象徴し、忘れられない闇として彼の中に生き続けている。

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