鳥取県のとある山村で、今から数年前の出来事だ。秋深まる頃、葉が落ちて山が静寂に包まれる季節だった。主人公はその村に住む20代の男性だった。彼は村の外れにある古びた家にひとりで暮らしていた。
ある晩、月明かりが照らす山道を歩いていると、不意に耳に飛び込んできたのは、かすかだが明らかに人の声だった。聞き覚えのない女性の声が、どこからともなく響いてくる。その声は、まるで彼の名前を呼んでいるかのように聞こえた。
最初は誰かが冗談を言っているのかと思ったが、周囲を見回しても人影はなく、ただ静まり返った山と木々だけがそこにあった。彼は不安を感じながらも、声の方へと引き寄せられるように進んでいった。
山道をさらに進むと、声は徐々に大きくなり、まるで目の前で話しているかのように聞こえるようになった。しかし、そこには誰もいない。声はただ森の中に溶け込むように消えていく。
その夜以降、彼は毎晩同じ声を聞くことになった。声は彼の名前を呼び、彼を山の中へ誘う。恐怖に打ち勝って調べようとしたが、どこからもその声の出所は見つからなかった。
ある夜、突然声が変わった。先ほどまでとは違う、冷たく低い男の声が彼の名前を呼び始めた。そして、その声が言った。「もう、帰ってこない方がいい」
彼は恐怖のあまり、村の古い記録を調べることにした。すると数十年前、同じように村の外れで独り暮らしをしていた男性が、ある日突然姿を消した記録を見つけた。その男性も同じように山から聞こえる声に悩まされていたという。
村の古老に聞くと、「あの山には昔から何かが棲んでいると言われている。特に秋の夜はその声が聞こえやすいんだ」と言われた。
その日から、彼は山道を夜に歩くことをやめた。しかし、声は家の中でも、寝る時もずっと彼を追い続けた。最終的に、彼はこの村を離れる決心をした。
引っ越しの日、荷造りをしていると、再びあの男の声が聞こえた。「お前が帰った後も、私たちはここにいる」と。
その後、彼がどこでどのような生活を送ったかは知られていないが、村の人々は今でも夜中に山から聞こえる声を恐れている。あの山道には、今も誰もが知らない謎が潜んでいるようだ。