大正時代、三重県のある村には、不思議な噂が絶えなかった。その村は深い山々に囲まれ、夜になると人々は家に籠るのが常だった。ある晩、村の若者が帰宅途中に、山道で恐ろしい体験をした。
その日は、月が雲に隠れて真っ暗な夜だった。若者はいつも通り、山道を急ぎ足で進んでいた。途中、遠くから聞こえるような、かすかな足音が彼の耳に届いた。最初は自分の足音だと思ったが、次第にそれが自分とは別のものだと気づいた。まるで誰かが後をつけてくるかのような、一定のリズムを持った足音だった。
彼は振り返る勇気が出ず、ただ前だけを見て歩き続けた。しかし、足音は彼が速く歩けば歩くほど、同じペースで近づいてくるように感じられた。心臓が早鐘を打ち始め、恐怖が彼を支配した。
山道のある急な曲がり角で、彼はついに我慢できなくなり、振り返った。しかし、そこには何もいなかった。ただ暗闇が広がるだけだった。安堵の息をついたその瞬間、背後から冷たい手が彼の肩に触れた。彼は叫び声を上げて走り出し、ようやく村に戻った。
村に戻ると、彼の顔は蒼白で、震えが止まらなかった。村人たちは彼の話を聞き、特に老人たちは顔色を変えた。「あの山道には、昔から祟るものがいると言われていた」と、村の年寄りが語った。
その夜の後、彼は何度も同じ夢を見た。夢の中で、彼はまたあの山道を歩き、背後から冷たい手が触れてくる。しかし、夢の終わりには、何かが彼の耳元でささやく声が聞こえた。「帰ってくるな」と。
村では、その話が広まり、特に夜に山道を歩く者はいなくなった。そして、それから数年後、村の歴史を調べるために来た学者が、その山道で行方不明になった。彼の最後の日記には、「夜の山道で何かを見つけた」という一文が残されていた。
この話は伝説となり、今でもその村では、夜の山道は絶対に避けるべき場所として恐れられている。誰もが知っているが、誰もが体験したくない、そんな恐怖の話が、今もなお語り継がれている。