近畿地方の滋賀県、琵琶湖の畔に位置する古い小さな村で、ある恐ろしい出来事が伝説として語り継がれています。この村は山々に囲まれ、湖から立ち上る霧が朝晩に村を覆う場所で、その景観は美しい一方で、何か不気味な雰囲気も漂っていました。
村に住む若い画家、千代子は、その美しい風景をキャンバスに描くことを生業としていました。彼女の描く絵は湖の静けさや、山の厳しさを余すことなく捉え、村人たちからも一目置かれる存在でした。しかし、ある晩、千代子は奇妙な夢を見ました。夢の中で、彼女は湖面を歩く一人の女性に出会います。その女性は白い着物をまとい、長い髪で顔を隠し、何かを探しているかのようにゆっくりと歩いていました。
翌朝、千代子はその夢を忘れられず、湖の岸辺を散歩していると、彼女が夢の中で見た場所にたどり着きました。そこには古い石碑があり、碑には「ここに眠るは、近江の幽女」と刻まれていました。千代子はその碑から目を離せず、その女性の魂が何かを伝えようとしているように感じました。
それから数週間、千代子はその幽女について調べ始めました。村の古老から聞いた話によると、数百年前、この地に住む男に裏切られた一人の女性が、湖に身を投げたという伝説がありました。その女性は死後も湖の周辺をさまよい、自分の運命を知らせるために人々に現れると言われていました。
千代子はその幽女の物語を画にしようと決心し、毎晩、湖畔でキャンバスを広げました。だが、彼女の絵は日増しに暗く、恐ろしいものへと変わっていきました。絵には幽女が描かれ、その目は千代子を見つめているかのように深い悲しみと怒りを湛えていました。
ある夜、千代子は再び夢を見ました。その夢の中で、幽女は千代子に近づき、「私の物語を描いて、私の魂を解放してほしい」と言いました。目覚めた千代子は、幽女の願いを叶えるために最後の絵を描き始めました。その絵は幽女が湖に身を投げる瞬間を描いたもので、彼女の絶望と悔恨が鮮やかに表現されていました。
しかし、絵を完成させたその夜、千代子は急に体調を崩し、村人たちに見つけられる前に湖の水面に姿を消しました。村人たちは彼女の最後の絵と、湖に浮かぶ白い着物を見つけ、千代子が幽女に連れ去られたと信じるようになりました。
それ以来、その絵は村の神社に飾られ、千代子の霊と幽女の魂が一緒に湖をさまよっていると語り継がれています。村人たちは、今でも夜に湖を見ると、二つの影が湖面を滑るように歩いているのを見ることがあると言います。