徳島県には、明治時代の厳しい風土と歴史が生み出した数々の怪談が残されています。その中でも特に身の毛もよだつ話として知られるのが、ある村での出来事です。
ある明治の初め、徳島県の山奥に位置する小さな村では、藍染めが盛んな時代でした。しかし、その村には一つ不思議な習わしがありました。毎年夏至の夜、村人たちは集まって「怪談会」を開くのです。この怪談会では、村人たちが持ち寄った恐ろしい話を順番に披露し、最後の一話が終わると、村全体が一斉に静寂に包まれるという風習がありました。
その年の怪談会で語られた話の一つは、村の近くにあった古い廃屋に関するものでした。この廃屋は、明治初期に豪農の家が没落して以来、誰も住まなくなった場所でした。しかし、村人たちはこの廃屋に近づかないよう戒められており、特に夜になると不思議な声や足音が聞こえると言われていました。
怪談会の最後を飾る話は、村の若者がこの廃屋に挑戦したという物語でした。彼は夜中に廃屋に入り込み、一晩中そこに留まることで村人たちの間で勇気の象徴とされたいと考えていました。しかし、深夜に差し掛かった頃、彼は奇妙な現象に遭遇します。まず、廃屋の奥から聞こえる幼子の泣き声。次に、床を這うようにして部屋を移動する見えない何者かの足音。彼は恐怖に震えながらも、その場を逃げ出せずにいました。
そして、夜明けと共に彼が廃屋から出てきた時には、彼の様子はすっかり変わっていました。目は虚ろで、言葉もろくに発せられず、ただ「助けて」と繰り返すばかり。村人たちは彼を囲み、何が起こったのかを尋ねましたが、彼が口にしたのはただ一言、「彼女が来た」とだけ。
この若者の怪異な体験の後、彼は病に倒れ、一度も回復することなくその年の冬に亡くなりました。それ以来、怪談会ではこの話が語られるたびに、村人たちは廃屋を見る目を変え、特に夏至の夜には決して近づかないようになりました。
また、この怪談会の他にも、徳島県では明治時代に実際に起こった恐ろしい事件が語り継がれています。特に、「保瀬の村」の悲劇は有名です。保瀬の村は、明治時代に大洪水で壊滅した村で、その後、村のあった場所は忌み地とされ、誰も近づかなくなりました。しかし、洪水の後、夜になると村のあった場所から泣き声や足音が聞こえるという怪奇現象が報告されました。
この話は、徳島県の人々の口から口へと伝えられ、特に暗く冷たい冬の夜に語られると、聞いた者は背筋が凍る思いをするといわれています。明治時代という近代化の波が押し寄せる中でも、自然と人々の生活が密接に関わっていた時代の精神性と恐怖が、今もこの地の怪談として生き続けているのです。
これらの話は、明治時代の徳島県が持つ厳しい自然環境と人々の生活が交錯する中で生まれた、深い恐怖と謎に満ちた物語です。