夜更けの山道

ホラー

ある秋の夜のことだった。私は友人と一緒に、長崎の山間部にある小さな集落を訪れていた。友人はその土地に伝わる古い民話を調査するため、私はその手伝いをするために同行していた。

夜遅く、調査を終えて集落から下る道を歩いていると、突如として霧が立ち込めてきた。視界は数メートル先も見えないほど悪く、私たちは焦り始めた。友人は懐中電灯を持っていたが、その光も霧に飲み込まれ、薄暗い光しか届けられなかった。

「この霧は何?」と友人が呟いたその時、遠くから何かが近づいてくる音が聞こえた。最初は風の音だと思ったが、それは徐々にリズムを持って、まるで何かが走ってくるような音だった。

「何か来るぞ」と友人が言った瞬間、霧の中から一人の老人が現れた。彼は着古した作業着を身に纏い、手には古いランプを持っていた。老人の顔は皺だらけで、目は深く沈んでいた。

「こんな時間に何をしてるんだ?」と老人が声をかけた。彼の声は低く、まるで地の底から響いてくるような重さがあった。

私たちは調査のことを簡単に説明したが、老人はそれを聞くと表情を険しくした。「この山には夜、出歩くべきじゃない。特に、この霧の夜はね」と彼は言った。

「なぜですか?」と私が尋ねると、老人は一呼吸置いた後、ゆっくりと語り始めた。

「昔、ここで大規模な事故があったんだ。工事現場で爆発が起きて、多くの人々が亡くなった。その夜から、毎年この日に霧が立ち込めて、亡くなった人々の霊が山道をさまようというんだ。私たちはそれを『霧の行列』と呼んでいるんだ」

私はぞっとした。友人も同じく、怖くなったのか顔色が青ざめていた。老人はさらに続けた。「特に、深夜のこの時間は、彼らが最も活発になる時間なんだ。もし、何か見たり聞いたりしたら、絶対に反応してはいけない。無視するんだ」

その時、またあの音が聞こえた。今度ははっきりと、足音と声が交じり合っているように思えた。老人はランプを高く掲げ、私たちに急いで道を下るように促した。

走りながら振り返ることは避けていたが、背後から何かが迫ってくるような感覚に襲われた。そして、霧が少し晴れた瞬間、私たちは何かを見た。数えきれないほどの人影が、静かに、しかし確実に私たちの後を追っていた。

ようやく集落に戻った時、霧は消えていた。疲れ果てた私たちは、二度とあの山道を夜に歩かないと誓った。その夜の体験は、今も私の記憶に鮮明に刻まれている。

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