私の祖父は東北地方の青森県に生まれ育ちました。特に恐山の話は、子供の頃から何度も聞かされて育ったため、今でも鮮明に覚えています。
祖父は若い頃、恐山の近くで農作業を手伝っていたことがありました。恐山は霊場として知られ、多くの人々が訪れる一方で、地元の人間には恐ろしい場所ともされていました。ある冬の夜、祖父は友人と共に、恐山に隣接する山道を歩いていました。目的は、近くの村で行われる祭りに参加するためでした。
夜はもう更けていて、辺りは真っ暗。雪が降り積もり、足元は氷のように冷たく、二人はランタンの光だけが頼りでした。道中、何度か振り返った祖父は、遠くから何かがこちらを見つめているような気配を感じたと言います。だが、何も見えず、ただ風が吹きすさぶ音だけが耳に残りました。
「おかしいな、誰かいるのか?」と友人が言いました。しかし、二人以外の足跡はどこにも見当たらず、ただ二人だけがこの夜の闇の中を進んでいるはずでした。
その時、突然何かが二人を追い越したかのような感覚が走りました。祖父は驚いてランタンを上げ、周囲を照らしました。すると、そこには何もいないはずの場所に、一瞬だけ白い影が浮かび上がったのです。それは人間の形をしていたが、顔は見えず、ただ白くぼやけた存在でした。
「見たか!」と叫ぶ祖父に、友人も青ざめて「ああ、見えた!」と答えました。しかし、その影は一瞬で消え去り、再び闇だけが残されました。
二人は急いで祭り会場へ向かいました。そこでは火が焚かれ、温もりと明かりが友情のように迎えてくれました。祭りに参加している人々は皆、楽しそうに笑い、踊り、語り合っていました。しかし、祖父の心はまだあの白い影に引きずられていました。
祭りが終わる頃、祖父は村の長老にその話をしました。長老は重々しく頷き、「恐山の亡魂だ」と言いました。恐山は多くの魂が通り過ぎる場所であり、時折、旅人を驚かすことがあるというのです。
その後、祖父は毎年冬になると、恐山の近くを避けるようになりました。しかし、ある年の冬、彼は仕事の関係で再び恐山近くを通らなければならない日がやってきました。もう何十年も前のことですが、その夜は特に寒く、雪が激しく降っていました。
夜道を急いでいると、再びあの白い影が見えたのです。今度ははっきりと、少しでも見逃さないようにと、祖父はランタンを高く掲げました。影は遠くに見えたが、今度はじっくりと、その存在を観察できました。それは、まるで泣いているような、しかし笑っているような、矛盾した表情をしていました。
祖父は恐怖に震えながらも、立ち止まってその影に語りかけました。「何を求めているんだ?」と。すると、影は一瞬だけ形を変え、まるで何かを示すかのように、恐山の方向を指して消えました。
その夜、祖父は無事に帰宅しましたが、その後も何度か夢にその影が現れ、恐山に導かれるような感覚を覚えました。そして最後は、彼がその影の意味を理解するまで、夢の中で追いかけられ続けることとなりました。
祖父は、恐山が地元の人々にとって特別な場所であり、その土地に眠る魂たちが忘れられないことを教えてくれました。それ以来、祖父は恐山を敬うようになり、毎年春になると、その土地に供え物を捧げるようになったのです。